2018年6月21日木曜日

キニジンでジキに

キニジンとジキニンとは全く別のクスリで、前者は不整脈の薬、後者はカゼ薬だ。

筆者の実家は田舎なので病院通いも容易ではなく、親がどこからかもらってきた市販の薬で治したものだが、そのなかにジキニンがいつも入っていたのを思い出す。
CMは岡江久美子が「ジキニンでジキに治って」とにっこり微笑むやつ。学校を休んでほてる身体で毛布にくるまり、昼間っから眠れないのでテレビをつけていると、CMが流れてきて、「じきに治るなら薬いらねえじゃん」と毒づいたものだ。
そんなジキニン、もといキニジンは、Vaughan Williams分類でクラスIaのNaチャネルブロッカー。 心房細動や期外収縮、発作性頻拍などが適応だが、ネットで見る限りは、今どき先発品も売られておらず、I群ならシベノールなどに取って代わられたようだ。

添付文書がこれまたひどい。
> 経口的に投与するが、著明な副作用を有するので、原則として入院させて用いる。

これで21世紀のクスリかよ、言葉を選べよ、よくも承認したなと思うような添付文書だが、販売開始が1956年。日本が国連に復帰した年だそうで、えらい昔なんだから仕方がない。

さてこの辺からが本題。

キニジンが薬剤性QT延長症候群をきたすことは国家試験にも出る知識だ。筆者は循環器内科の医者ではないので、キニジンなんぞの古いクスリを出すような医者が今でもゴロゴロいるかは知らないが、不整脈の治療なんか怖いから専門医にぶん投げたい。でも、外来に来た患者で不整脈が見つかり、「循環器内科はどこもいつでも混んでいるから行きたくない。専門医でなくてもいいから、ここで治療してほしい」なんて言われた日には、しぶしぶジソピラミドを出してみることもある。非専門医でも使いやすいクスリではある。

特養あたりに入所中の高齢者が、なんだかうとうとと寝ている、飯を食わない、元気がないというと、「まあ、おじいちゃんは年だし仕方がないわね」と許してくれる家族ばかりではない。「救急車呼べ、徹底して調べろ、そもそもそうなったのは貴様らの介護がなってないからだ」なんて目を向いて怒り出す人も結構いるのだから、介護職も腰が引けてしまう。クスリを飲んでれば病院まで行かないで済むだろう、と考えるのが人情だ。

いろんな科の診療所でもらったクスリを、誤嚥を来さないように、せっせと飲ませるのだから大変だ。高齢者は飯を食いながら寝てしまったり、クスリを飲むにしても口をけなかったり、首を支える力すら入らなくて、べろーんと後ろにそっくり返ったりして、マンツーマンで時間をかけて飲ませることなり、予定がまったく立たず、サービス残業まったなしとなっている。

●意識の悪い高齢者

そんな典型的な高齢者が「微熱がある」「なんだか元気が無い」「意識も悪い」ということで家族に報告した。やかましい家族なので細かく連絡することになっていた。「じゃあ病院につれていきましょう」ということになるかと思いきや、家族は「年だしほっといてください。仕事中に抜け出して病院に連れて行くなんてめんどくさいんで」とにべもない。まあ、介護施設ではよくある話。

宵の口なので、病院につれていくにしても、スタッフが張り付いて、いつ呼ばれるともわからない混んでいる救急外来に付いていくわけで負担は大きい。熱が出てもいつものクスリは飲ませたところ、どんどん意識が悪化し、手足にも力が入らなくなった。ありゃこれは頭の血管でも詰まったか、ということで家族を押し切って救急搬送。

意識障害の鑑別のイロハである血糖測定で、36mg/dlとかなりの低血糖をみとめ、ブドウ糖注射で復活。画像検査では異常なく、内分泌系にも問題なく、採血したらジソピラミドが高い値を叩き出していた。やっぱり発熱で汗をかいて脱水になり、薬物の血中濃度が上がってしまった結果、低血糖をきたした可能性があった。

90代の寝たきり老人で、どこまで治療するのが適切なのかはわからないが、治療したら効果判定のために採血だなんだと負担がつきまとう。受診させるのも一苦労だ。介護タクシーでちょっと移動するだけで何万円とかかる。病院での待ち時間は自費でヘルパーを雇う必要があるそうだし、金銭的にも家族にとってきっつい。

私個人としては、あんまり頑張らなくていいんじゃないか、という家族の本音を聞き出してあっさりとした治療に留めるんだが、夜に看護師がいない時間帯の介護施設だと、まじめな介護士が119番をコールすることもあり、なんだかもやもやする結末となった。

こないだの地方会で、超高齢者がインフルエンザで脱水になり、ジソピラミドで低血糖、という症例報告があったので、似たようなケースをふと思い出したので書いてみた。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。

2018年6月20日水曜日

アジ化ナトリウム

古くは車のエアバッグに使われていたアジ化ナトリウム。

爆発させてみた実験画像はこちら。
https://io9.gizmodo.com/sodium-azide-is-the-nastiest-chemical-that-ever-saved-l-1694952138

2014年にも京都工芸繊維大学で爆発事故が起きています。アジ化物を作るためにフラスコで試薬を加熱していたところ爆発し、学生が重軽傷を負いました。化学者的にも気をつけて扱うそうです。わたしも院生の頃、技官の先生に厳しく指導された思い出があります。

塩や水溶液が金属と接触すると爆発するおそれがあるため、プラスチックの密閉容器に保管します。廃液を下水道に流してはいけません。配管の金属と接触して爆発する恐れがあるからだそうです。

溶液や塩に酸を加えると、シアン化水素と同様に毒性の高い、アジ化水素ガス(HN3)を生成します。また、水に溶かして摂取すると、腸管から吸収されます。血圧低下や激しい頭痛が生じます。1gでも致死的になることがあります。


メカニズム的には、細胞内のミトコンドリアが障害されて酸素が使えなくなることにより、いわば細胞が窒息します。とりわけ脳や心筋など酸素が最も必要な臓器がダメージを受けます。低血圧やショック、呼吸不全を引き起こし、比較的穏やかに死ねるといわれています。解毒剤は知られていません。

こんなやばいアジ化ナトリウムですが、かつては法の規制が緩かったので、防腐剤として、いたるところで使われていました。毒性の割に管理がザルかったので、飲み物が入ったポットに放り込んで、知らない人達に毒入りのお茶なんかを飲ませて、集団で薬物中毒に陥れることもありました。国立宇多野病院の事件とかが有名ですね。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s



2018年6月16日土曜日

合法的に死なせてもらう


医師が「死んでも仕方ない」と考えながら死に至る薬を投与することは、犯罪です。日本だと自殺幇助あるいは殺人罪に問われます。しかし、たとえば鎮痛薬を徐々に徐々に増やしていくというやり方だと、犯罪になることはありません。「安楽死のための法律」が存在しない日本ですが、いわば合法的に安楽死が可能です。 

つまり、「速効性のある安楽死は犯罪だけど、ゆっくり安楽死させるのは罪に問われない」 


この抜け穴を駆使して、医師が患者の死を早めるために麻薬が便利です。国が認めた医薬品には「添付文書」というものがついています。取扱説明書ですね。この中で、効能効果というのが書いてあり、医師はその目的で薬を使うことが許されています。どんな薬も効果と副作用があり、メリットが上回る範囲で使います。麻薬だと、痛みを和らげるためというのが本来の使い方です。が、量が増えてくると死の原因にもなります。 


ぶっちゃけた話、鎮痛や苦痛緩和の目的を達成するために合理的であれば、不幸な結果が出たとしても医者は保護されます。犯罪にも問われません。   


  目的:痛みを取り除きたい 

 方法:鎮痛のために麻薬を使った 
 結果:呼吸不全で死亡
 考察:麻薬を使っても通常量では鎮痛が得られないため、かなりの高用量を投与することとなった。結果的に死亡したが、本人に説明して了承を得たうえで苦痛緩和を目的としたものであり、判断と行為は正当化される。

これなら筋が通ります。
たとえ医者の本音が、このようであったとしてもです。

  目的:苦痛がひどく、本人から死なせてくれと哀願されたため、願いを叶えたい

→ 方法:鎮痛のために麻薬を徐々に増量した
→ 結果:呼吸不全で死亡
→ 考察:外形上は上のケースと同じ。

「苦痛緩和の目的」という外形であるならば、「痛みの治療にかこつけて、早く死なせて耐えがたい苦痛から解放してやろう」という意図があったかどうかは、医師の内心の問題ですので、誰かに言わなければわからないでしょう。

じゃあサイコパスの医者が、麻薬を乱発して患者の大量虐殺を図るようなケースはないのか、と心配に思う方もいるかも知れません。薬剤師や看護師などの専門職が幾重にもチェックをしますので、まずもって起こりえないと思います。

とはいえ、心身ともに死んでしまいたいほどつらい苦痛を抱えている方は、まずは、各地にいる在宅医療や緩和ケアの専門医に相談するといいと思います。死ぬほどつらい痛みでも、薬でどうにかなることも多いので。


日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
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2018年6月8日金曜日

死ぬマシン

産経新聞にこんな記事がありました。(2018年5月31日)

世界初“安楽死マシン”と、「長生き悔やみ」安楽死した104歳学者が突きつける現実

https://www.sankei.com/west/news/180531/wst1805310038-n1.html

  (引用)
死にたい人は、この機械の中(カプセルのようになった部分)に入り、ボタンを押すと、内部に液体窒素が充満し、酸素濃度が5%に低下。中の人は約1分で意識を失い、約5分後に死亡するというのです…。
引用終わり)

この自殺マシン、2019年には設計図がダウンロードできて、世界各地の3Dプリンターで印刷して組み立てられるようになるというのです。「これを使って、じゃあ俺も」という人がいるかも知れませんが、液体窒素なんか使ってるものですから、実質的に日本では使い物になりません。そこらへんをお話します。


この安楽死推進団体は、「たった4Lの液体窒素があれば十分」といいます。液体窒素1Lが千円ぐらいだそうですが、きっちり4L量ってもらったとして、販売店から液体窒素を買ってくる間に蒸発してなくなってしまうでしょう。販売店からの距離にもよるのでしょうが、最低ラインは10L以上じゃないでしょうか。


運ぶときの入れ物も、断熱がしっかりしたデュワー瓶やステンレスビーカー、特殊な魔法瓶じゃなくてはいけません。これも価格帯が10万円以上です。値が張るので、頼めば販売店でレンタルしてくれるところもあります。ただ、自殺に使われたとあっては、警察が自殺幇助の容疑で捜査開始するでしょうし、証拠品として押収してしまうでしょう。となると親切で貸してくれた人にも多大な迷惑をかけますから、自分で買いそろえるべきでしょう。液体窒素をお店から買ってきたとして、その容器からマシンに注入するために、詰め替えに使う耐寒手袋だって5万円以上するようですから、かなりの出費を覚悟しましょう。


ちなみに、窒素は安定なガスなので毒性はありません。このマシンを使うと、低酸素血症、いわゆる酸欠で逝くわけです。


酸素濃度  一般に言われる人体への影響

21%   通常の空気の状態
18%   安全限界だが連続換気が必要( 関係者以外立ち入り禁止)
16%   頭痛、吐き気
12%   めまい、筋力低下
 8%   失神昏倒、7~8分以内に死亡
 6%   瞬時に昏倒、呼吸停止、死亡
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/040325-3a.pdf#search=%27酸欠%27

この自殺マシン、ボタンを押すと4Lの液体窒素が気化して、このおしゃれな棺桶に3000Lの気体の窒素が充満して低酸素で死ぬという寸法です。


理屈がシンプルならば、わざわざこんな機械に頼らなくても、自分の車を棺桶にしたほうがまだ現実的というものです。どうしたらよいでしょうか。


閉鎖空間中の酸素濃度を下げるならば、ドライアイスが無難じゃないですか。これから暑くなりますしね。amazonでも売ってますけど、手に入れるには、気化してドライアイスが小さくなったり、最悪の場合はすっかり揮発してなくなってしまうかはもしれないので、近くの店で買いたいところです。

ドライアイスの形にもいろいろあって、おなじみレンガ状の「ブロック」、少し小さい「アイス」、文字通りの「ミニナゲット」、パウダー状の「スノー」があるようです。
細かい雪のようなスノーが揮発しやすく便利ですが、買った後ですみやかに揮発してしまいそうですから、ブロックで買ってきて車内でがりがり砕くのがいいでしょう。冷たくて硬いので、軍手とアイスピックはくれぐれもお忘れなく。


また、炭酸ガスは不燃性で、燃焼を妨げる効果があるため消火器にも使われます。
メーカーのうたい文句はこんな感じです。
【お掃除が不要】二酸化炭素は放出後に気化。後に何も残らず使用後の汚れなし。
【化学変化なし】不活性ガスで金属・電気機器類・油類などに化学変化なし。
【維持管理が簡単】通常の保管で経年による変質がほとんどなく、維持管理が容易。
【感電の心配なし】高い電気絶縁性。

消化器としてはいいことづくめですが、粉末が飛び出す普通の消化器よりは若干お高めです。


液体の炭酸ガスが詰まった消火器をワゴンRの車内で噴射したとします。
7型消火器に詰まっている炭酸ガスは3.2kgなので、全量が気化すれば、
3.2kg/ 44.0g/mol × 22.4L/mol 1.629

軽自動車からのガスの出入りがないものとし、圧力上昇など細かいパラメータは一切無視すると、
発生した炭酸ガス1.629 /(車室の空気4.199㎥+発生した炭酸ガス1.629㎥)
1.629/5.82827.95%

と大幅に致死量を超えます。息を大きく吸い込めば、高濃度の炭酸ガスと低酸素のダブルパンチで一挙に昏倒し、そのまま逝ってしまいます。ドライアイスを買い集める手間よりは楽です。安全ピンを抜いてノズル(炭酸ガス消火器では先っちょのことをホーンと呼ぶそうです)を握りしめて、床に向けて噴射するだけです。



途中で救出されると、低酸素脳症でいわゆる植物状態になりますので、決して見つかってはなりません。そもそも死ぬほどつらくなったら精神科に相談することをおすすめします。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。

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2017年5月5日金曜日

誤嚥性肺炎

日本呼吸器学会が出しているガイドラインがある。手元には最新の「成人肺炎診療ガイドライン2017」がないので、古いものからの引用だが、院内肺炎の危険因子として、次のようなものが挙げられている。

・誤嚥をきたしやすい状態: 脳血管障害、多量の鎮静剤投与、胸腹部の手術
・慢性呼吸器疾患: COPD、間質性肺炎、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、慢性気管支炎、気管支拡張症、肺結核、じん肺
・心不全、肺水腫
・糖尿病、腎不全、慢性肝疾患
・H2ブロッカー、制酸剤投与
・長期の抗菌薬投与
・65歳以上の高齢者
・悪性腫瘍

こうした条件を満たす老人は、病院にいるともかぎらない。つまりは「院内肺炎」というが、個人的には自宅で要介護状態の老人にもこうしたリスクを抱えた一団がいるわけだ。イメージがわかないと思うので、我々がよく救急で診るタイプの患者をお示ししよう。


● 89歳、男性。
脳梗塞後遺症で寝たきり。ADLは全介助。脳梗塞で倒れるまではタバコを欠かさない人だった。15歳から70年間×毎日40本ものタバコのせいで、COPD(いわゆる肺気腫)になった。頑固な性格で家族の忠告にも耳を貸さず、飲酒量も多く、アテに塩辛いものを好んで食べ、高血圧、糖尿病や肝硬変もある。不整脈(心房細動)もあり心不全である。難聴で意思疎通も難しい。

脳梗塞の後遺症で、飲み込むのに支障をきたしていた(嚥下障害)。ヘルパーが食事を口に運ぶと、飲み込むのに時間がべらぼうにがかかる上、むせていた。ここ最近はむせなくなった一方で、食事の量も減ってきた。38度台の発熱が続いているので、開業医を受診して抗菌薬が処方されたが、熱が下がらず食事の量も増えないとして、救急外来に紹介された。

採血では炎症反応が高値で、酸素化も悪い。レントゲン写真で両側の肺に浸潤影があり、胸部CTでも肺炎像がある。気管支に液体がたまっており、両側の背側に浸潤影が広がる。線維化も認める。昨日今日発症した誤嚥ではなく、だいぶ前から誤嚥を繰り返していると考えられた。

抗菌薬を投与したが発熱が続き、喀痰の量も多い状態が続いた。むせることすらできないぐらい嚥下反射が失われている(不顕性誤嚥)状態で、痰の多さに比べて咳は出なかった。耳鼻科医の診察にもとづき、言語聴覚士による評価やリハビリを行なったが、唾液すら気管~気管支に流れ込む有り様で、食事再開は絶望と判断された。当然、形のある食物のみならず、水分すら飲み込めない。トロミをつけようが無理であった。

「口から食べると間違いなく誤嚥して、窒息するか重篤な肺炎になって人生を縮めることになる、いわば寿命である」と説明したが、「何も食べさせないのは忍びない」と家族がいきり勃ち、リハビリ目的での転院を強く求めてきた。新聞記事やブログの切り抜きを示し、「リハビリすればうちの爺ちゃんは必ず食べられるようになる!食べられないのはお前らの怠慢だ」と強くなじられた。家族が希望するような、リハビリを受け入れてくれる施設はなかった。家族も現実を次第に受け入れるようになった。

今後の対応について選択肢を提示した。
1)何も食べさせずに自然のままで人生を終える。
2)水分補給のみ行う
3)人工的に栄養を投与する

家族は当初、3)を選択した。もはや医療行為というよりは延命が目的となるので、栄養を投与するだけならば在宅復帰が前提でないと転院ができないこと、療養病床はどこもいっぱいで転院までには長期間の待機時間があり、急性期病院としての性質上、当院でその間ずっと置いておくことはできず、いったん家に帰っていただく必要があることなどを説明した。すると「家では面倒が見切れないから、絶対に家に寄せ付けないでほしい。施設や病院を転々とすればよい。水分補給のみでよい」と翻意した。

1日500ml程度の点滴をしていたが、低栄養が進行した。やがて血管から点滴が漏れるようになり、両腕、両手、両脚の静脈という静脈に代わるがわる点滴をした。低栄養で手足がむくみ、針が刺せる血管がなくなったため、静脈への点滴(いわゆる血管注射)を断念。水分のみならば皮膚に針を刺す皮下補液とした。皮膚の毛細血管から水分が吸収されるのだが、もとからある心不全なども相まって循環が悪くなり、入れた水分が皮膚にたまって腫れあがるようになった。これ以上の補液に状態を改善させる効果がないとして、点滴を打ち切った。食べられなくなってから約一ヶ月で死亡退院した。

急性期病院と呼ばれる病院でも、家族の理解が得られなければ強制的に退院させるわけにもいかない。しつこいと怒られようとも我々は同じような説明を続ける。生命体としての人間が寿命を迎えたことを理解していただくよう、こうした毎日が続く。

2017年4月30日日曜日

点滴エレジー

● お気軽に「点滴してください」という家族

老衰で食えなくなった老人に家族が望むことで、一番多いのが点滴だと思う。なぜかと問うと、「食べられないのは可哀想だから何かしてあげたい」という。家族の気持ちも分からなくはないが、自分はオススメしない。

なにより点滴はストレスだ。靴下を履いたまま布団に入った時の違和感といえばわかるだろうか。寝ている間に無意識で足でこすって脱いでしまう。老人でも同様に点滴を抜かれてしまうことが多い。管は血管に刺さっている部分以外は、テープやフィルムを貼って皮膚に留めているだけなので、体を動かせば当然抜ける。刺激のない入院生活でただでさえ前後不覚に陥っているのに、夜中に寝ぼけたような状態で、手や足に点滴が刺さっている事を意識もせずに動いたら、点滴の管を引っ掛けて針ごと抜けるのは当たり前。

抜けたら血が出て大変なのでは、とよく聞かれる。まあ、基本的には抜けた針穴にバンソウコウでも貼って何分か圧迫しておけば止まる。血が固まりにくくなる血液疾患などで、凝固因子や血小板がべらぼうに減っていたら大量出血するかもしれないが、そういう人は単なる老衰ではないので、しかるべき診療科の病棟に入院しているだろう。

よく血まみれになるのは、点滴の針が残ったまま、途中で点滴の管どうしの接続が外れているケースだ。点滴の針が入っているのは静脈だ。動脈に点滴することはないわけではないが、老衰の人で動脈に点滴をすることはない。静脈は動脈に比べて圧力が低いとはいえ、血が流れている血管なので血が出てくるのはあたりまえだ。

認知症の老人だと、点滴の管を引きちぎり、針は刺さったまま途中の管が外れ、それをプラプラとぶらさげて徘徊したりする。(引きちぎりと形容したが、正しくは点滴の管同士をつなぐコネクタ部分が外れる)。点滴の管(ラインという)が真っ赤に染まり、徘徊したあとにポタポタと赤い滴が床に連なっているのは、医療業界に身を置くものなら何度も目にする光景だ。ブンブン振り回せば、遠心力で脱水されて血があたり一面に飛びちる。そうでなくても、寝てる間に点滴を自分で外して、翌朝真っ赤になったシーツを発見されることもある。掃除が大変だなーとか思う前に、失血死のリスクが頭に浮かぶわけだが・・。

「点滴してほしい」という家族に応えると、下手すれば失血死で患者を死なせてしまう恐れがあるわけだ。

●血管がない
針を刺せる血管が無くなるという問題もある。老人に無理やり点滴すれば手足がむくむ。自分で飲み食いできなくなった老人は、心臓も悪いし腎機能も落ちている。補液した水分が尿として出ていかないので、点滴すればするほど余計な水分が体にたまる。余計な水は胸水や腹水として体の内部にたまることもあるが、手足に水が溜まりやすい。骨や筋肉に囲まれていないので空間に余裕があるためだ。

横道にそれるが、乳がんの術後にリンパ浮腫で手足がパンパンにはれあがった女性の苦悩を聞いたことがあるだろうか。リンパ管を流れて心臓に戻っていた水分が、手術でリンパ節をとったために行き先を失って手や足が腫れてしまう。水分で手足の重量がふえて、思うように動かせないという。

溜まった水分によって、ただでさえ薄い皮膚が延ばされるうえ、水びたしになっているのでテカテカになる。ぶよぶよになり、指で押せば指の形がしばらくキープされるほどだ。水ようかんと私は説明している。子供の頃に砂場で作った、ぴかぴかの泥だんごにも似ているかもしれない。
点滴する血管を探すために、駆血帯というゴム管などを使う。心臓に帰る血液の流れを止めることで、静脈がパンパンに膨れてくるので、そこをめがけて針を刺すという原理だ。

ところが、ブヨブヨの手足を縛ったところで、血管が浮き上がってくるわけはない。縛ったところから水が絞り出されて凹み、ゴムの痕が一筋つくだけだ。血管を締め上げる効果はない。ヤケクソになって水分でパンパンの手足に針を刺すと、水分が染み出してくるだけで血管に針が刺さることは望めない。


「食べられないのは寿命ってことですよ」

厳しい現実を家族には理解いただくのは難しい。「こんな有様ですが、点滴するんですか?本当にそれでいいんですか?」と説明して意向を聞くのだが、粘り腰の家族もいる。

「じゃあ、血管じゃないところに点滴できないんですか」

その方法もなくはない。皮下補液とか皮下点滴とかいわれるもので、血管ではなくて皮膚に針を刺すものだ。皮下組織といういわゆる皮下脂肪に針を刺す。血管にダイレクトに水分を入れることはできないが、皮下の毛細血管から水分をゆっくりと吸収することはできる。

一見良さそうだが、1日に500mlとか1ℓがせいぜいだ。また、糖分が入った点滴は皮下に炎症や痛みを起こすので普通は使わない。水分をほんのり点滴する程度だが、脱水症の緩和には使えるというわけだ。

ただ、老衰で自分で食事を食わなくなった老人に、点滴をしたからといってどれほどの延命効果が期待できるだろうか。多少の水分のみを与えられ、生きてはいるが日増しにしなびていく肉親をみると、かえって辛いという家族も少なくない。ガリガリに痩せた親を見るのが辛いとして、面会の足が遠のくのはよくある光景だ。

そうはいっても、どんどん弱っていって死亡宣告したあとで、「こんなになるまで無理やり生かしたお前らはひどい」と怒られることもある。人それぞれに考えがあるのだから、何がベストなのかはよくわからないが、家族の気の済むまで老人に医療行為を施し続けるのはいかがかものかと私は思う。

「あきらめたらそこで試合終了だよ」というスラムダンク・安西先生の名言は医療では当てはまらないと思うんだが。

2016年11月11日金曜日

薬で出血

ありふれた薬でも誤嚥して気管支に落ちたりすれば、深刻なダメージが起きて死にいたることもあるというのは、前回のエントリーで述べた。そして誤嚥で死んでもほとんど精査もされずに、「老衰」だの「寿命」だのと、適当に処理されてしまうこともお伝えした。

では誤嚥しないまでも、普通に内服していただけで高齢者が死んでしまう薬はあるのか。

もちろん、ある。

特に循環器系の薬は危ないかもしれない。

たとえばワーファリン。

 エーザイのwebより

 

いわゆる血をサラサラにする薬で、脳梗塞や心房細動などの患者に処方される。今どきはDOACと呼ばれる新しい薬にシフトしてきているが、1錠10円もしないような安い薬だし、まだ広く使われている。
ちなみに、DOACだが結構値が張るので、正直これはおサイフに結構つらいものがある。
リクシアナ錠60mg 錠だと545.6円だ。

だが、心臓に人工弁が埋め込まれた人などはワーファリン一択だったりもするし、薬効が落ちるので納豆は食べないように言われることでも知られている。納豆に含まれるビタミンKが作用するためだ。

このワーファリンだが、薬効の調整が難しいので定期的に外来を受診して採血し、それをみて投与量を上げ下げすることになる。PT-INRなどが目安だ。たとえば1日の投与量が2mgで開始されても、検査結果が治療に適したレンジにないと、3mgとかに増やされたり、1.5mgに減らされたりする。場合によっては微調整が必要となり、1mg錠を半分に割り、それをさらに半分に割るように医師から指示が出たりして、薬局にイラっとされたりもする。


PT-INRだが、教科書的には次のような人だと延びやすいと書いてある。

A) INR延長しやすい患者の特徴:
  高齢者(75歳以上)、ワーファリンの維持量が多い、下痢がある 

(B) INR延長し易い/出血リスク高い患者の既往歴: 

  心不全、腎不全、肝不全、消化管出血、閉塞性黄疸、癌 

(C) INR延長し易い/出血しやすい薬(薬剤による相互作用): 

アスピリン/クロピドグレル、NSAIDs、アミオダロン、ジルチアゼム、 フェノフィブラート、オメプラゾール、プロプラノロール、タモキシフェ ン、トラマドール、オキシコドン、ABX(シプロフロキサシン、エリス ロマイシン、フルコナゾール、イソニアジド、メトロニダゾール、キニ ジン、ST合剤、ボルコナゾール)


これらにあてはまるような人で、さらに出血のリスクの高い老人は要注意だ。


認知症になると面倒がってメシを食わなくなったりする。そんな人でも家族が律儀に薬を欠かさず飲ませていたりする。心房細動のある高齢者だと普通は2~3前後でコントロールするが、メシもろくに食わないでいる人だと、PT-INRは延びる。5とか6、場合によっては10いくつとかまで延びていたりする。これでケガなんかされたら血が止まらない。

メシも食ってないのでフラフラになった老人が、がんばってトイレに行こうとすると、まあ転ぶ。
転んで頭を打ったらどうなるか。頭皮の血管が切れてでっかいタンコブができるならまだマシな方で、頭蓋内出血でも起こしたら目も当てられない。夜にトイレに起きて転び、気合で布団に戻ってそのまま寝たとしたら、いつのまにか脳出血が広がって、脳を圧迫しそのまま亡くなるかもしれない。


ここだけの話、老人にワーファリンを飲ませる量を勝手に増やして、PT-INRが延びるように仕込んだりする家族がいないとも限らない。家族が朝昼晩と薬をセットしていたりするので、勝手に薬の量を増やすこともできるのだ。そうすると、医者から処方された薬は当然早くなくなってしまうが、家族は薬が足りなくなったら、いけしゃーしゃーと外来に来て、処方してもらうのだ。

「薬はおじいちゃんがトイレに流しました」とか「最近ボケて来たので、どっかになくしちゃいました」とか言われたら、医者は「はいはい」と軽く流して処方してしまうのだ。市立病院あたりだと、「そちらが勝手に失くしたのだから健康保険が使えませんよ」というかもしれないが、一粒10円もしない薬を数十粒もらって全額自腹で医療費を払ったところで、値段は知れている。

家で転んで頭を打って意識障害になったとして、救急車を呼んで病院に運びさえすれば、警察が捜査するようなことはまずない。派手な脳出血だと、脳神経外科が手術しても効果が見込めない。神経内科に回されて、血圧の管理などをしたうえで幸いに生き残ったら、どこかの療養病床に転院となるだろう。食事が食えない寝たきり状態になり、胃瘻や中心静脈栄養をしないと決意すれば、手足から点滴で申し訳程度の水分が投与されて、数か月後に衰弱死することになる。

多少脱線したが、食えない老人のワーファリンには注意、なのだ。