2018年7月19日木曜日

水を抱いて

鎮静作用があるクスリを大量に摂取すると死にます。
そんな薬をひとつ挙げよと言われたら、抱水クロラールになるでしょう。
安楽死のために長年に使われてきており、研究しつくされている感があります。

日本では、小児科で画像検査や歯科治療時などに泣き叫ぶ子どもに寝てもらうために使われたりしています。MRI中の子どもの鎮静は結構たいへんです。くすりの量が多いと過鎮静で呼吸が止まったりしますので、絶妙な量が求められます。呼吸していることはモニターで監視しているとはいえ、もしものときは大変です。「呼吸停止だ!蘇生だ!」といっても、MRI室に持ち込める物品には制約がありますので、臨戦態勢がすぐに取れるかというと厳しいこともあります。

あとは磁場の問題です。以前の勤務先のことですが、急変対応でバタバタしたときに、非磁性体ではない普通の酸素ボンベをうっかりMRI室に持ち込んでしまったことがありました。ボンベが引き寄せられて宙を舞いました。職員全員が「おおきなかぶ」状態でうんとこしょ、どっこいしょと引き止めればいい、という話かもしれませんが、動きが早すぎて刃が立たず、頭に当たらずに死人が出なくてよかったというレベルです。

その結果、ドーナツ型のコイルの真ん中にボンベが空中浮遊してしまいました。これでは検査に使えませんので、磁場をいったんチャラにするために、超伝導コイルをとりまく大量の液体ヘリウムを捨てることになりました。クエンチというのですが、再セットアップ含めて数千万円がパーになったそうです。

さて、そういった鎮静に使うトリクロリール®はわりとマイルドな鎮静薬ですが、女性に対する性的虐待にも使われてきた過去があります。アーティストの中には、抱水クロラールを酒に混ぜて、ホテルのスイートで酒池肉林を繰り広げた人もいたようです。T.Rexのベースやドラムスで活躍した人の名前がついていて、ミッキー・フィンとか呼ばれるんだそうです。

トリクロリール®10%液を200mlグイッと飲むと、トリクロル酢酸が20g摂れます。諸説ありますが、ほぼ全量が抱水クロラールに変化すると考えると、この量は抱水クロラールと同じと考えて良いでしょう。抱水クロラールの致死量は一般的には0.25g / Kgといわれていますから、体重80kgぐらいまでの方は、コップいっぱいのトリクロリール®で死に至るわけです。

確実性を求めるには、毒性を高める必要があります。肝臓で解毒されるのを邪魔してしまえばいいわけで、定番はアルコールです。しかも、抱水クロラールはアルコールによく溶けます。酒と抱水クロラールの相乗効果は抜群ですが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を飲むと良いとされます。

ちなみに、抱水クロラールを大量に飲むとどうなるでしょう。食道や胃が強烈に刺激されて、嘔吐は避けられません。自殺が未遂に終わると、消化管が瘢痕化したり穴が開く(穿孔)するかもしれません。摂取後15-20分後に鎮静効果が現れて眠くなります。寝た後で、しだいに心臓の電気伝導が障害されて不整脈が生じ、心不全から死に至ります。ただまあ、心臓ペースメーカーが植え込まれている人には、狙った効果は得られないでしょうね。

トリクロリール®もエスクレ座薬®も、処方箋がないと入手できませんので、一般の方がこの薬で静かに世を去ろうというのは難しいでしょう。死にたくなるほど辛いときには、心療内科や緩和ケア内科などを受診されることをおすすめします。

日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s




2018年7月18日水曜日

Hey,Siri

男性死亡 尻に空気、死因は窒息 茨城県警
毎日新聞2018年7月17日 09時34分(最終更新 7月17日 09時51分)

茨城県龍ケ崎市で13日、エアコンプレッサーを使って尻から空気を入れられた千葉県柏市の会社員、石丸秋夫さん(46)が亡くなった事件で、茨城県警竜ケ崎署は司法解剖の結果、死因は窒息と判明したと発表した。
同署によると、石丸さんは肛門から空気を入れられたことで内臓を損傷。内臓から漏れた空気が体内にたまり肺を圧迫したという。
同署は14日、傷害致死の疑いで、同僚で同県つくば市の会社員、吉田佳志容疑者(34)を逮捕。吉田容疑者は「いたずらのつもりでやった」と容疑を認めているという。

ーーー
こういう業務用のアイテムを使って、人が死んでしまう事件はよく起こりますね。
決まって「いたずら」だとか「冗談」のつもりだというのが、定番の言い訳です。
シャレで殺されてしまっては目も当てられませんが。


さて、「ケツから空気が入ったのに窒息?」と首をひねる方もいるでしょう。
どういうメカニズムで死んでしまったのかを邪推します。

エアホースの先が尖っているものは、エアガンと呼ばれます。

 
(出典 https://www.monotaro.com/g/01253991/)

ゴミや水分を吹き飛ばすのにすごい威力を発揮します。エアホースはただでさえすごい風圧ですが、その先端が尖っていますから圧力がさらに高まります。庭に水を撒くホースを想像しましょう。先を指で押しつぶせば遠くまで水が飛びますね。内腔が狭まって圧が高まるわけです。現場では作業服を着ていたのでしょうが、エアガンでは厚手の作業着も目じゃないぐらいの風圧がかかります。

「ケツの穴をきゅっと締めたら空気なんて入んないだろ?」という考えもあるかもしれません。その圧力は70歳未満だとこんなかんじです。

最大静止圧 男性:87.0-138.2 cmH2O / 女性: 68.5-125.5 cmH2O
最大随意圧 男性:234.6-528.4 cmH2O / 女性:136.5-327.5 cmH2O

(出典:社会医療法人社団 高野会 大腸肛門病センター高野病院

一方で、エアガンの圧はモノタロウのサイトでは、最高使用圧力0.6MPa(=6118.3cmH2O)、空気使用量610L/minとあります。


その差は歴然です。高圧の空気をエアガンでかけられて、「おい、やめろ!」とお尻の穴をキュッと目一杯締めたとしても、ケツの圧の10倍以上の圧力で空気が注入されます。当然ケツの穴から大量の空気が入ってきます。

入ってきた空気は肛門を突破して直腸へ行き、直腸からS状結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸と逆流していきます。パンパンに膨れた大腸ではおさまりがつかなくなった空気は、回盲部を突破して小腸に流れ込みます。

膨れた腸管っていうのは医療関係者じゃないとなかなかイメージがわかないかもしれません。身近な腸管があります。ソーセージです。羊の腸に詰めたものがウインナー、豚の腸だとフランクフルトです。グロいというのなら、バルーンアートを思い出してください。

空気でパンパンになった腸管のイメージにぴったりだと思います。

おそらく、容疑者は嫌がる被害者の反応を面白がって、ガンガン空気を吹きかけたことでしょう。わずか一分でも最大で数百リットル、肛門にジャストミートしなかったとしても、数十リットルは腸管に空気が入ったと考えられます。


よくネット広告で出てくる、腸内に長年へばりついている「宿便」というものは医学的には存在しませんが、頑固な便秘で便がたまったとしてもせいぜい数リットルでしょう。すでに腸管の限界を超えます。風船だと余裕で破れます。腸管もたちまち破裂するでしょう。


老人だと腸に行く血管が詰まったりして腸が腐り、穴が開くこともしばしばです。腹の中にウンコがばらまかれて腹膜炎になります。「ウンペリで緊急オペです」と麻酔科ローテ中に呼ばれたのが思い出されます。ちなみに、ウンコのパンペリ(汎発性腹膜炎)のことです。穴を塞がないと死にますから、緊急手術です。開腹したら手術室にウンコの匂いが充満します。その中で腐った腸を切って元通りつなぎ、腹腔をしっかり洗って手術が終了します。外科医というのはドラマでは格好よく描かれていますが、こういう地道な仕事もきっちりこなしているのです。


さて、このケースの場合には腸が破れ、空気が腸の外に漏れます。腸の外ですが、腹の皮の中です。ナイフで刺されたとか、よっぽどのことがないと、腹の皮膚までは破れはしません。結構伸びますからね。腹水が10L以上貯まっている患者さんも見ます。おそらく司法解剖では、腹にメスを入れた途端、大量の空気がぷしゅーと抜けたことでしょう。


漏れた空気でパンパンになった腹は、横隔膜を押し上げます。息を吸うには肺を広げなければなりませんが、横隔膜を下げて息を吸うスペースがありません。息が吸えなければ吐けませんから、当然呼吸ができず、苦しみます。悶絶しながら数分のうちに絶命します。

容疑者のいたずらによって、何が起こっているのかよくわからないうちに、腹がぱんぱんになり、パニックになっているうちに呼吸が止まって死んでしまったという、あんまりな展開ではないでしょうか。
救命するためには、腹にカッターでも突き刺して空気を逃してやればよかったのかもしれません。感染症は避けられませんが、死ぬよりマシだろうとは思います。

それにしても、扱っているものの危険性を理解できない人や、おもちゃ代わりにして他人に迷惑をかけてしまう幼稚な人には、危険なものを使わせてはいけないのでしょうね。



日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
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2018年7月14日土曜日

鼻からしょう油

岩手県の保育所で食塩を注入して、食塩中毒で死なせてしまった事例があったのをご記憶でしょうか。

食塩4.5~5g摂取か 1歳児中毒死、ほぼ致死量相当
2017年7月20日06時56分 朝日新聞デジタル より引用

認可外保育施設で2015年8月、預かり保育中だった●ちゃん(当時1)が食塩中毒で死亡した事件で、病院に搬送された●ちゃんの体内の食塩摂取量が約4・5~5グラムに相当することが、捜査関係者への取材でわかった。専門家によると1歳児で小さじ1杯分(5~6グラム)の食塩を摂取すると死に至る恐れがあるといい、●ちゃんはほぼ致死量相当の食塩を摂取させられた疑いがある。
捜査関係者によると、●ちゃんの食塩摂取量は血中濃度から測定した。事件当時、施設内には●ちゃんと×容疑者の2人だけで、×容疑者は乳幼児用のイオン飲料を容器に入れ、食塩を混ぜて、スプーンで●ちゃんに与えたとみられる。●ちゃんの背中には多量の食塩が付着していたといい、●ちゃんが食塩を与えられ、嘔吐(おうと)した可能性があるという。

ーーーー
なんともお粗末な知識が不幸な結果を招きました。こんな程度の認識で保育所を営業して、大事なだいじなお子さんを預かっていたかと思うと哀しくなります。自分の子供が小さいころには、母がおらず頼りない父(=自分)の代わりに保育士さんが手取り足取り子育てのコツを教えてくれて、本当にありがたかっただけに信じられません。

さて、本ブログは高齢者医療を扱っているので、そっちにもどします。

日本医事新報といえば、たいていの医局に置いてあるためになる雑誌です。いろいろ面白い記事がありますが、とくに注目するのは「良縁求む」のコーナー、という医者は多いです。自分も結婚に失敗して今はわびしい立場なので、毎号しっかりチェックしています。

さて、そんな医事新報ですが、2018年7月7日号にも食塩中毒にまつわる質疑応答がありました。胃瘻からの経管栄養に追加する食塩についてです。

少し前までは食べなくなった老人の栄養補給と言えば、リポビタンDもとい、胃瘻というのが定番でした。今は胃瘻は保険の適応が厳しくなったり、イメージが悪くなったために作るケースが大分減りました。そのかわりに、鼻の穴から長い管を突っ込んで、栄養剤を胃にダイレクトに流し込むという経鼻栄養が静かに流行しています。インフルエンザの検査を体験すればわかりますが、鼻から物をつっこまれることの苦痛といったらかなりのものです。おぇぇええええと押し寄せる嘔吐反射。管が入っている限りはあれが続くのですが。

栄養剤だけだと塩分が足りないので補充する必要があります。
管から高濃度の食塩水を突っ込むとどうなるかも医事新報に書いてました。

・食塩1g+水20ml into 空腸瘻 → 限局性小腸炎(静脈経腸栄養2009;24(3)
・食塩4g+水20ml into 胃瘻  → 胃出血 (日臨外誌.2007;68(7))

高浸透圧で消化管の粘膜が傷害されるわけですね。
生理食塩液は0.9%ですが、食塩4g/水20mlはざっと16%で、濃口しょう油と同じです。
かつて戦争に行きたくない若者が、徴兵検査で落ちるために、しょう油を一気飲みしたという伝説は聞きますが、とても飲めたもんじゃないでしょう。死ぬか生きるかがかかった精神状況でないと無理です。

点滴でヂアミトールを注入されるのも怖いですが、経鼻胃管(俗に 「はなくだ」)が入っていれば、家庭にあるもので殺されてしまうこともあり得ます。

塩化ナトリウムのLD50が体重1kgあたり0.5g~5gとされていますから、寝たきり老人で40kgぐらいに痩せてしまった人だと20~200gぐらいが致死量です。

濃口しょう油 カップ1/2

みたいな殺人レシピもあり得るわけですね。
最後の晩餐が腹いっぱいの濃口しょう油なんて、ホントやめてほしいです。

在宅医療ってのは、一歩間違えれば、恨まれている人から命を狙われる恐れもあるのかもしれません。医療費をケチろうという国からすればいいのかもしれませんが、ちょっと枕を高くして休めない気もします。

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2018年7月12日木曜日

殺人ナース考2

ヂアミトール点滴による大量殺戮事件。この事件は、病院という場で大勢に対してやらかしたので目についてしまったわけですが、これが在宅医療の現場で起きたらどうなるかと考えるとすごい話です。

国が在宅医療を推進していますから、点滴を刺したまま家で療養している高齢者も普通になりました。謳い文句は「最期は住み慣れたところで」みたいなハートウォーミングなものですが、役所の本音は医療費削減であることは暗黙の了解になっています。

今回の事件で、点滴ラインが入っていれば、そのへんのドラッグストアで買った消毒薬を注入して殺せてしまうということがバレてしまいました。ヂアミトールでもいいですし、別な名前で同じ成分(塩化ベンザルコニウム)が入った消毒液もあります。こちらだと500mlで300円ぐらいとお手軽です。

かつてこの手の事件では、塩化カリウムや塩化カルシウム、亜硝酸ナトリウムなどが使われてきましたが、粉を溶かしたり調製したりする手間が一切ないことから、ヂアミトールは犯罪者にとっては便利な代物です。今後模倣犯が大量に出てくることが懸念されます。

ちなみに、オーストラリアで安楽死や尊厳死を支援する活動をしている、EXIT internationalでは、液体窒素で安楽死するマシンを開発中ですが、これで死を迎えるにしても数十万円はかかります。安楽死が合法化されているスイスに渡ったりすれば数百万です。ヂアミトール注射はそれに比べれば激安です。死にさえすれば、という発想で自殺幇助に使われてしまうかもしれません。

自分が懸念するのは、エイジズムからの殺人です。

在宅医療が介入していれば、家の一角に介護ベッドが置かれて、高齢者が寝ていることが多いでしょう。この周りにも医療グッズが置かれます。病院だとベッドサイドには大した物品が置かれていません。ナースステーションから物が詰まったカートをごろごろ押していくのも対した負担ではないからです。かたや在宅医療では訪問看護のナースが来るまで時間がかかります。家に出入りする都度、大荷物をもって玄関から出入りするのも大変ですから、信用できる家族の家には物品を置かせてもらうこともしばしばです。患者さんによってはシリンジ(注射器)も置いたりします。

もし、ダークな誰かが注射器を使ってピューッと消毒薬なんかを注射したら、なすすべがありません。不用心ですが、まだまだ田舎だと鍵をかけない習慣の家も多いですし、「訪問診療は勝手に家に上がり込んで構わないから」という気前の良いご家庭もあります。日中は家の人が仕事に出ているが医療者に鍵は渡したくない、たいして盗られるものもないから開けておくという、よくわからない家も案外あります。

そんなところに、テロリストのような輩が来たらどうでしょう。

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人を殺害した男は、障害者への敵意や憎悪を犯行のきっかけだと述べていました。おもてに出すかどうかは別としても、高齢者のために医療費や年金をたっぷり負担させられている、そのために自分の安月給がさらに減る、などと憤っている人は結構おります。

昔ながらの家だと、介護ベッドはだいたい日当たりの良い一階の南側の部屋に置かれます。日当たりが良いということは、敷地外からも目につく位置で侵入しやすかったりします。狙われかねません。

家での療養を選ぶのは、家族にとっても一大決心です。24時間の介護負担に付き合っていくということを意味します。そのように大事にされている家族が、ちょっと買い物に行っている間に消毒薬を注射されて変わり果てた姿になっていた、というような事態が起こることも想定しなければならないのかもしれません。 

今回は病院でのできごとでしたが、サイコパスの訪問看護師が毒薬を注射して回る、という事態も考えねばないのでしょうか。となると、本当に嫌な時代になりました。




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殺人ナース考

逆性石鹸を点滴して、体内までくまなく消毒した「殺人ナース」のニュースが連日報道されています。恐ろしいことです。


「ワンショット注入」で混入速めたか…元看護師
2018年07月10日 07時14分 読売新聞より

横浜市神奈川区の大口病院(現・横浜はじめ病院)で起きた連続中毒死事件で、入院患者の西川惣蔵そうぞうさん(当時88歳)への殺人容疑で逮捕された同病院の元看護師久保木愛弓容疑者(31)が、医療器具の「三方活栓」を使い、点滴チューブに消毒液を入れたと供述していることが、捜査関係者への取材で分かった。薬剤をより速く投与する場合に用いる「ワンショット注入」と呼ばれる手法で、久保木容疑者は「自分の担当時間になる前に亡くなってほしかった」とも供述。神奈川県警は、短時間で殺害する狙いだったとみている。

 三方活栓は、点滴チューブの途中に取り付ける器具で、注入口に注射器をさし込み、薬剤を直接チューブに入れられる。点滴袋から徐々に投与するより、薬剤が短時間で体内に取り込まれる特徴があり、医療現場で日常的に使われている。

 久保木容疑者は2016年9月18日午後3時~4時55分頃、担当する4階に入院していた西川さんの点滴に消毒液「ヂアミトール」を混ぜ、中毒死させたとして逮捕、送検された。



(引用終わり)

前から拙ブログで書いてますが、木を隠すなら森。人を殺すなら病院なわけです。
医療者がその気になれば、跡形もなく人を葬る事は造作も無いことです。

点滴のルートさえ確保されていれば、どんな薬物だって投与できてしまうわけで。

医師免許を持っていたオウム信者で死刑に処せられた中川も、点滴を使って何人か殺したようですし、血管内にダイレクトに投薬できるというのは、悪いやつにとってかなりのアドバンテージなのです。だから医療関係者が暴力団にシリンジや針を横流しすると厳罰に処せられるわけで、刑事罰が決まったあとで免許が召し上げられることもしばしばです。

ちなみに、犯罪を犯した看護師は裁判で判決が確定したら、「医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会」なるところで、免許をどうするか処分が決まります。形式上の手続きに過ぎず、裁判と同じで前例通りシャンシャンと決まりますから、かつて久留米市で保険金殺人を働いたナース4人組が参考になるかもしれません。



さて、話を戻します。

報道によれば、この場合はワンショットで押し込んだようですから、静脈に結構な負荷がかかったと思われます。まあ興味深いのが次の点ですね。

ひとつは浸透圧。

確実に殺ろうと思ったら、ヂアミトールを10mlのシリンジ一本分ぐらいは注入するでしょう。ちょうど、ナース用の白衣のポケットからはみ出さない程度の大きさですし、持ち歩くのも都合が良い。ただこれをまるごと、ほかの勤務者にバレないように静注するとなると、結構焦るんではないでしょうか。背徳感を感じながら、医師の指示にもない注射をしているのを誰か同僚に見咎められたら、看護師生命も犯行計画もジ・エンドです。無色の液体ですから、あまり気にされないかもしれませんが、誰か止めてやってほしかったとも思います。

こんな消毒薬は体内に入ることを想定されていません。浸透圧が通常の医薬品とは異なるわけで、一気に注射されると点滴がさしてある部分にかなりの激痛が走ったのではないでしょうか。被害者もさぞかし不憫だったことでしょう。

遺体の外見で変化があれば、医師法に従って異状死体として届け出なければなりません。急変しても事件性が指摘されていないようですので、ヂアミトール静注では、血管に沿って変色したりはしないと考えられます。変色するまでにもしばらく時間がかかるでしょうから、生体反応が出る前に死に至ったものと考えられます。


2つ目は毒性。

がんの化学療法では血管傷害性の高い抗がん剤を使いますが、大量の点滴で薄めたり、手足ではない太めの血管(内頸静脈や鎖骨下静脈など)に点滴をさしたりして、副作用が及ばないようにします。血流が多ければ毒性も薄まりますからね。

ただ、こちらの病院のような老人病院で中心静脈に点滴を刺してるとは思えません。コストも高いですし、管理も面倒です。感染は起こすわ、血栓はできるわと、その都度医者が呼ばれて処置をするでしょうか。療養病床だとあまりモチベの高くない医者とか、急性期医療に疲れた医者とかが流れ着いて働いているという面もありますので、まあないでしょう。看護師判断で手足をくまなく探して、ほっそい静脈を見つけて、おそるおそる点滴の針を刺してライン確保をするというのは、全国どこでも見られる光景です。ここの病院もご多分に漏れずそうだったでしょうね。

血流が豊富な静脈にぴゅーっとヂアミトールを注入すれば、景気よく全身の臓器にぶちまけられます。当然あっという間に具合が悪くなるわけで、推理小説の「犯行現場にいた第一発見者が怪しまれるの法則」から考えると、まずはこの容疑者が疑われます。

逃げおおせる時間を確保するとなると、よぼよぼの手足にかろうじて取れたしぶい末梢ラインからヂアミトールを注入し、あとは三方活栓を切り替えて、クレンメを開けて何もなかったように点滴をぽたぽた落とし、その場を離れたと考えるのが自然でしょう。

その後、バレずに何人も殺すのに成功したら大胆になったようで、点滴に堂々と混入するようになったというのはすごい話です。



自分もアナフィラキシーで患者さんを失ったことがあります。

アレルギーの既往がない方で、十分な問診の上で投薬したのですが、ある種の薬が原因だと思われます。点滴ラインから薬が一滴入ったか入ってないかというだけでも、血圧が下がり、呼吸が止まり、心臓の鼓動が止みました。大勢で八方手を尽くしましたが助けることができませんでした。今でも悔しく申し訳なく思っています。

当時のルールに従って、「異状死」として警察に届け出たところ、殺人容疑で取り調べを受けました。点滴ボトルに一滴入ったかどうかの薬剤も、科捜研のテクノロジーでは余裕で検出されます。薬の成分を示すピークのぴんと立ったグラフを目の前に叩きつけられ、「お前が殺したんだ!」と刑事さんに朝から夜中までねっちり調べられたのは、本当にトラウマです。

田舎の警察署だと、刑事さんも医療の用語を知らず、漢字を紙に書いて説明すると、IMEパッドとかで調べていちいち入力しますし、年配の刑事さんだとパソコンをぱちぱち叩くのも時間がかかります。医療用語について怪訝そうにしていたので、親切心から説明すると、「刑事さんの知らないことを医者風情がほざく」のは癪に障るようです。「何をこのアマ、偉そうに」と感じられるようで、非常に不興を買ってしまいました。

警察署に行くような事態になったら、もう終わりだと思ったほうがいいです。自分の場合、弁護士先生はあまりあてになりませんでした。当番の先生は当たり外れが大きいですから、自分で相談できる先生がいればいいのでしょうが。


高齢の患者さんでしたので、「うちの人はもう十分生きたし頑張った。病院はよくやってくれたし、厳罰に処してほしいとは思わない」とご家族から上申書が出て、書類送検→不起訴という流れになりました。


何が言いたいかと言うと、警察の力を持ってすれば、わずかな成分ですら検出されるというのに、人を確実に殺せる量のヂアミトールを点滴バッグに混注して放置しておくとは、なかなか常人のなせる技ではありません。このあたりから、心神喪失状態で犯行に及んだとかなんとかいって、無罪をゲットするための法廷戦術が組み立てられるのかなあと思います。


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2018年7月10日火曜日

殺人ナース

元看護師、消毒液を原液のまま投与か 
毎日新聞2018年7月9日 19時49分(最終更新 7月9日 23時43分)から引用

神奈川県警、元看護師を88歳患者の殺人容疑で送検

 横浜市の旧大口病院で2016年9月、入院患者2人が中毒死した事件で、西川惣蔵さん(当時88歳)を殺害したとして逮捕された元看護師、久保木愛弓容疑者(31)が通常は薄めて使う消毒液を原液のまま投与した疑いがあることが、捜査関係者への取材で判明した。消毒液は高濃度で体内に入ると多臓器不全などを起こす恐れがある。神奈川県警は、久保木容疑者が殺意をもって投与したとみて調べている。

(中略)

 西川さんが死亡したのは16年9月18日で、目撃証言では、久保木容疑者が1人で病室に入室した直後に容体が急変したとされる。遺体からは高濃度のヂアミトールの成分(界面活性剤)が検出されており、久保木容疑者が原液を注射器で点滴側管から一気に投与した可能性がある。

 ヂアミトールは医療器具や手指の消毒用で劇薬指定はされていない。大口病院ではナースステーションなどに備え付け、ボトルで保管された原液を水で100倍ほどに薄めて使っていたという。久保木容疑者は備え付けのヂアミトールを使ったとみられる。

(引用終わり)


この薬、「ヂ」アミトールという、いかにもなネーミングからはえらく古いと思われる。添付文書では再評価が1982年というからそれ以前の薬だろうが、それ以上はネットではたどり着けなかった。ちなみに横文字だと「Germitol」であり、Germ(バイ菌)+アルコールを示す接尾辞-olからきた造語なのだろう。

このシリアルキラーとされている看護師、消毒薬を点滴したらどうなるか、という論文を読んでいたかどうかはしらない。pubmedでもbenzalkonium chlorideとか injection とかで検索しても殆ど出てこないのだから、この看護師のオリジナルと考えてよさそうだ。まったく、狂気の沙汰としか思われないが。

pubmedで見つけた数少ない臨床報告がこれ。

静脈内注射によるBZK毒性の報告例
40代の男性看護師。自殺目的で10%塩化ベンザルコニウム15mlを左前腕の静脈に注射し1時間後に入院。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)となり、連日連夜の血液透析を行ってARDSを治療し、21日目に退院。

おそらく数千万円単位で医療費をぶっこんで救命したのだろう。自殺したい、死なせてくれ、という奴に夜も寝ないで泊まり込んで救命する医療チームにはほんとに敬服する。自分はアホらしくて性格的に無理だ。

自分は、死にたくてそういう行為に及んだ人はそっとしておけば良いと思っているので、誰かの払った健康保険料を使って「生死の境をさまよう貴重な体験」をさせてやる優しさはない。誰が救急車を呼んだか知らないが、本人からすれば大きなお世話だろう。

いろんな物品をそろえて自宅で注射するという周到さの一方、わざわざ自宅という場所を選んで注射するというアンバランスさからは、誰かに見つけてほしいといったメンタル面の危うさが見え隠れする。殺人はもってのほかだが、自殺未遂も人に迷惑をかけるには違いないのだから、ぜひやめていただいて、早いところ精神科なり心療内科なり、医療機関を受診して落ち着いてほしいところである。

医療関係者として、というよりも、一納税者として、貴重な医療費や保険料が意味不明に使われるのは勘弁してほしいとも思うし。

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2018年6月21日木曜日

キニジンでジキに

キニジンとジキニンとは全く別のクスリで、前者は不整脈の薬、後者はカゼ薬だ。

筆者の実家は田舎なので病院通いも容易ではなく、親がどこからかもらってきた市販の薬で治したものだが、そのなかにジキニンがいつも入っていたのを思い出す。

CMは岡江久美子が「ジキニンでジキに治って」とにっこり微笑むやつ。学校を休んでほてる身体で毛布にくるまり、昼間っから眠れないのでテレビをつけていると、CMが流れてきて、「じきに治るなら薬いらねえじゃん」と毒づいたものだ。
そんなジキニン、もといキニジンは、Vaughan Williams分類でクラスIaのNaチャネルブロッカー。 心房細動や期外収縮、発作性頻拍などが適応だが、ネットで見る限りは、今どき先発品も売られておらず、I群ならシベノールなどに取って代わられたようだ。

添付文書がこれまたひどい。
> 経口的に投与するが、著明な副作用を有するので、原則として入院させて用いる。

これで21世紀のクスリかよ、言葉を選べよ、よくも承認したなと思うような添付文書だが、販売開始が1956年。日本が国連に復帰した年だそうで、えらい昔なんだから仕方がない。

さてこの辺からが本題。

キニジンが薬剤性QT延長症候群をきたすことは国家試験にも出る知識だ。素人にはおすすめできない薬である。筆者は循環器内科の医者ではないので、不整脈の治療なんか正直おっかないから専門医にぶん投げたい。研修医時代に循環器内科をちょろっとローテートしたが、朝から晩までカテ室に閉じ込められていた経験はほとんど役に立ってない。素人がカテなんかするわけないのだ。

ただまあ、外来に来た患者に不整脈が見つかり、「循環器内科はどこもいつでも混んでいるから行きたくない。専門医でなくてもいいから、ここで治療してほしい」なんて言われた日には、説得を試みた上で、それでも頑固に「循環器内科行かねえ」と拒否られてしまったら、しぶしぶジソピラミドを出してみることもある。非専門医でもわりと使いやすいクスリではある。

で、ちょっと横道にそれるが、介護施設の話。
特養あたりに入所中の高齢者が、なんだかうとうとと寝ている、飯を食わない、元気がないというと、「まあ、おじいちゃんは年だし仕方がないわね」と許してくれる家族ばかりではない。「救急車呼べ、徹底して調べろ、そもそもそうなったのは貴様らの介護がなってないからだ」なんて目を向いて怒り出す人も結構いるのだから、介護職も腰が引けてしまう。クスリを飲んでれば病院まで行かないで済むだろう、と考えるのが人情だ。

いろんな科の診療所でもらったクスリを、誤嚥を来さないように、せっせと飲ませるのだから大変だ。高齢者は飯を食いながら寝てしまったり、クスリを飲むにしても口をけなかったり、首を支える力すら入らなくて、べろーんと後ろにそっくり返ったりして、マンツーマンで時間をかけて飲ませることなり、いつ終わるのか予定がまったく立たず、サービス残業まったなしとなってしまう。過剰なサービスだとは筆者も思うが、介護施設もレッドオーシャンになってきたようで、家族へのサービスを通じて客をつかむという面もあるので苦しいところだろう。


●意識の悪い高齢者

そんな典型的な高齢者が「微熱がある」「なんだか元気が無い」「意識も悪い」ということで家族に報告した。やかましい家族なので細かく連絡することになっていた。「じゃあ病院につれていきましょう」ということになるかと思いきや、家族は「年だしほっといてください。仕事中に抜け出して病院に連れて行くなんてめんどくさいんで」とにべもない。まあ、介護施設ではよくある話。

宵の口なので、病院につれていくにしても、スタッフが張り付いて、いつ呼ばれるともわからない混んでいる救急外来に付いていくわけで負担は大きい。熱が出てもいつものクスリは飲ませたところ、どんどん意識が悪化し、手足にも力が入らなくなった。ありゃこれは頭の血管でも詰まったか、ということで家族を押し切って救急搬送。

意識障害の鑑別のイロハである血糖測定で、36mg/dlとかなりの低血糖をみとめ、ブドウ糖注射で復活。画像検査では異常なく、内分泌系にも問題なく、採血したらジソピラミドが高い値を叩き出していた。やっぱり発熱で汗をかいて脱水になり、薬物の血中濃度が上がってしまった結果、低血糖をきたした可能性があった。

90代の寝たきり老人で、どこまで治療するのが適切なのかはわからないが、治療したら効果判定のために採血だなんだと負担がつきまとう。受診させるのも一苦労だ。介護タクシーでちょっと移動するだけで何万円とかかる。病院での待ち時間は自費でヘルパーを雇う必要があるそうだし、金銭的にも家族にとってきっつい。

私個人としては、あんまり頑張らなくていいんじゃないか、という家族の本音を聞き出してあっさりとした治療に留めるんだが、夜に看護師がいない時間帯の介護施設だと、まじめな介護士が119番をコールすることもあり、なんだかもやもやする結末となった。

こないだの地方会で、超高齢者がインフルエンザで脱水になり、ジソピラミドで低血糖、という症例報告があったので、似たようなケースをふと思い出したので書いてみた。


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