2014年1月4日土曜日

「食べれないので点滴してください」 外来編1

○夜中の救急外来にて

90歳近い爺ちゃんを家族が連れてきて、「先生、うちの爺ちゃん、2週間前からほとんど何も食べていないんです。点滴してやってもらえませんか」というシチュエーションは、医者なら誰でも遭遇する。とりわけ最近そんなケースが増えているように思う。
僕らも人間なので、「ずっと前から具合が悪いんだったら、明るいうちに連れてきてよ」と思いつつ、でも「わざわざ夜中に連れてくるからには、きっと見るに見かねる何かがあったのだろう」と考えて診察し、脱水と思えば点滴をしてみる。

診てみれば、認知症でもともと食欲はない人で、家族やヘルパーさんが柔らかくした食べ物を口までもっていって、ようやくモグモグと飲み込むだけの人だったりする。ヨーロッパの文化圏では自分の意思で、自分の力で食べなくなった老人は、もう生命体として枯れるがままにそっとしておくというのだけれど、日本は強制的に食わせるのが介護だと思われている節があって、嫌がるのに口をむりやりこじ開けてスプーンで流動食を流し込むようなことがまかり通っている。

自分の倫理観としても、「自分で食えなくなったら人は終わり」だと思っているので、家族がいくら望もうが高齢者自身が望まないことをやりたくはない。口に出せなくても食べない、というのは立派な意思表示だと思っている。

「口から飲めるならポカリとかアクエリアスとか飲んだ方が安いし、針も刺されず痛い思いもされません。OS-1などは飲む点滴といわれるくらいですのでお勧めです。今は夜中なのであまり検査とかもできませんので、また明日来てもらうことになりますし」とやんわりと思い直すようにいうけれど、家族の点滴信仰はかなり根深いので、「点滴するまで帰りません!」とか言われてしまう。

ただ、医療漫画の名作「ブラックジャックによろしく」でも出てくるが、500mlの点滴を1本ばかり入れたところで、ブドウ糖21.5g(ソルデム3A)しか入っていないので、86kcalとおにぎり1個分にもならないことは思い出してもらいたい。http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/470034_3319510A4083_1_03.pdf

そんな気休めにしかならないような点滴だが、夜中に押し問答をしても誰の得にもならないので、厚労省様には殺されるが、押し切られて点滴をしてしまうこともある。

お値段としては、輸液製剤126円と点滴注射 95点(950円)、初診なら270点(2700点)、深夜加算で480点(4800点)などがつくので、1万円近くになる。ありがたいことに健康保険のおかげで後期高齢者だと1割負担だったりするから窓口では1000円も払わないで済むけれど、その分誰かのフトコロが痛んでいることには変わりないのだけれど。

点滴したからと言って認知症や老衰が治るわけもないので、多少の水分を補う程度でお茶を濁し、そのままお帰りいただくこととなる。日中は仕事をしている家族が意を決して爺ちゃんを連れてきた場合には、「家では面倒を見れない。入院させろ。何かあったら責任とれるのか。」と入院させる気満々で、これまた押し問答になるわけだが、脱水だけで入院させていては、救急用のベッドが埋め尽くされてしまって地域の救急医療が回らなくなるので、当直医の良心にかけて丁重にお断りすることになる。

重症の人が入るはずの病棟が寝たきり老人だらけとなってしまって、重症で本当に入院が必要な患者が受け入れられなくなるという事態は避けたい。なにより仏心を出して入院させると、弱った高齢者はみるみる弱って本当に動けなくなるので家には帰せなくなる。というか家族が引き取りを拒否するようになる。「ようやく病院に放り込んで介護の負担が減ったんだ。多少のイヤミぐらいには耐えてやる、逃げ切れば勝ちだ」みたいな。そうした文脈で、よく家族からは、寝たきり老人に「元通りになるまでリハビリしてください」といわれるのだけれど、80歳、90歳の高齢者に筋トレしてマッチョになれ、というぐらいの話であり、現実味がない話だとわかってもらえたらと思う。無理を知っていて僕らに頼んでくるとしたらかなり筋が悪い。

そうやって、退院できなくなった寝たきり老人は病院に滞留し、ベッドをふさぐ。だから単なる老衰の患者はなるべく入院させたくない、というのが中核病院に勤める医者の心理。「夜中は人が少ないからガードが甘いはずだ。だから夜中の救急外来に連れていけば、老衰の爺ちゃんを入院させてもらうのなんて楽勝」ってのは、僕らの使命感と責任感からすれば、決して許されるものではないことがわかると思う。相手がそういう態度なら、こっちもそれなりのファイティングポーズで臨むだけの話。


○老人が飯を食わなくなったら

まずは身近な開業医の先生に相談していただきたいと、勤務医だてらに思う。喰えないだけなら介護保険じゃないかというのもごもっともだけれども、介護保険の手続きには主治医意見書ってのを書いてもらう必要があるので、かかりつけの先生とよく話し合ってもらいたい。

また、介護保険の手続きはいかにもお役所仕事というか、かなり悠長なものだ。認定調査が来るのも役所に申請してからだいぶ先になるし、認定審査会がせいぜい月1回とかしか開かれない。介護施設にもすぐに空きなどあるわけもないので、要介護4とか5とかがついたとしても、いつまでたっても行き先が決まらない。だから救急病院としては寝たきり老人は受け入れたくないという側面もある。(※要介護認定が正式に出る前からサービスは使えるけれど、普通は施設が渋る)

くどいけれども、「老衰で喰えなくなった」という高齢者をどうしても入院させたいときには、いきなり救急病院には連れて行かないことを重ねてお願いしたい。


愚痴めいた話ばかりになって、このエントリーは実用性がなかったかも、と書き終わってから反省。
次は「点滴をしないとどうなるか」を書いてみようと思う。

3 件のコメント:

  1. 初めまして。ツイッターではフォローさせていただきお話を読ませていただいております。
    「枯らす」技術そのものも興味深いのですが、高齢者施設に勤務する自分の仕事上、気になっていることがいくつかあります。
    もしも高齢者を救急搬送して「延命希望」と家族が言った場合、どのような処置(治療?)が為されるのでしょうか。
    ご家族の意向を確認するときに、必ずこの話になるわけですが、家族がもしものときは救急搬送をと希望されていても、正直なところ救急搬送しても病院からは叱られ、入院にもならず戻ってくることもしばしばです。家族は、施設では無理でも病院なら助けられると漠然と考えているような面もあり、うまく説明できずにいます。90歳も越え、肺炎を繰り返すような状態で、何度も搬送すること自体が体力を奪っていくようにも感じます。
    また、施設で看取る場合も、家族は何故か点滴を過大評価しており「ともかく点滴を続けて欲しい」という希望を示されますが、使える血管が次第になくなり、身体が水分を処理しきれなくなっているようにも感じる状態で、この点滴が本人を苦しめているのではないのか、という疑問も生じてきます。
    私の知識不足に問題があることを承知で、不躾な質問を書いてしまいましたが、高齢者の救急搬送・延命処置についてと終末期の点滴の継続のについて、よろしければ教えていただければ大変うれしく思います。
    家族のエゴで本人が苦しむのは避けたいところですが、いわゆる「本人にも良かれと思って」という気持ちで誤った選択が横行しているのならば、そのことを面談など通して伝えていきたいと考えております。
    どうぞお時間があるときでけっこうですのでブログで取り上げてくだされば参考にさせていただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。

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  2. 海外在住です。7ヶ月前から母を連れてカナはダの自宅で認知症の母の介護をしています。母の食欲が無い時に脱水症状を起こす事が心配で、こちらの医師に点滴をお願いしましたが、御本人の為にならないと言われました。自然に任せるのがこちらのやり方の様です。実際その医師の親が認知症で、肺炎になった時に抗生物質を与える事もせず自然に任せたと言っていました。海外在住26年ですが、今までに無い
    カルチャーショックでした。延命処置とは心臓マッサージをするとかしないとかの選択だとおもっていました。幸いな事に自然な形で母はそれから持ち直して、それなりに元気になりました。今後、どこまで在宅介護で対応出来るかどうか不安です。

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  3. Hummingbird さま、
    わたくしは、いま、78歳の認知症の父を自宅で6ヶ月みていますが、食欲不信になり、寝てばかりしたがり、呼吸がしにくい、というので、救急車を呼びました。2年前に心不全にかかって2週間入院、そして今回は肺炎にかかっておりました。抗生剤点滴をし入院5日目で、肺炎は消えたようですが、もともとの不整脈・心不全があるので、すごく弱っている状態です。  抗生剤もせず自然にまかせ、元気になられたとの事ですが、その後、どのようにお過ごしなのだろうか聞かせてただけるととても参考になります。もう見ておられないかもしれないですが、心細くどうしてよいか分からないので、書かせて頂いております

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