2014年1月5日日曜日

その気になれば

爺ちゃんが寝たきりになった。寝たきりだけど病気ではないので、入院はさせてもらえない。介護というけれど、面倒を見るためにもカネが要る。マンションの家賃とか、金利や株式配当みたいな不労所得があるわけでもないから、稼ぐためにはパートに出かけなければならない。でも、家に寝たきり老人を置いて行って、目を離している間にもしも死なれでもしたら警察沙汰。介護施設に入れるカネもないし、特養なんて何十人待ちかわからない。。

そんな気の毒な人が最近増えている気がする。

こういう時に「枯らす」技術の出番となる。

もちろんその気になれば、僕ら医者は高齢者の寿命を縮めることだっていくらでもできる。目の前で死なせることは技術的には造作もない。でも、やらない。医師免許を棒に振って、刑務所に入ってまで尽くしたい患者さんなんて、申し訳ないがいないもの。

これまで安楽死のために医者が手を下した事件では、医薬品を使っている。東海大学安楽死事件で使われた塩化カリウム、川崎協同病院事件で筋弛緩薬などだ。けれどもこうした薬品を使えば証拠が残るので、警察にタレ込まれて司法解剖になれば血液を分析すればすぐにバレる。死後、血液中のカリウムは上昇するので、塩化カリウムを急速投与して不整脈を起こして死亡したことなんてわからそうなものだけれども、それは素人の考えなんだそうだ。科捜研がその気になればカリウムの出所を突き止めることもできるんだそうだ。「画像診断一発で死因がわかる」だなんていう小説家にこっぴどく言われているけれど、日本の警察も法医学教室も優秀なのだ。

やるかどうかは別として、完全犯罪を目指すとしたら、たとえば、

・ 日ごろから水分を引き気味に管理していた患者に点滴をありえない速さで落とす。(心不全)
・ 呼吸状態の悪い患者の酸素投与を操作する。COPDの患者だと酸素をありえない量で投与すると、CO2がたまって呼吸停止する。肺炎の患者とかの酸素を止める。(呼吸不全)

こうしたテクニックを使ったとして、入院管理中に予期せぬ死を迎えた場合には、病院の管理責任が問われる。デスカンファレンスといって死亡症例の検討を行う病院も少なくない。病院内ではいつも誰かの目が光っているので、看護師さんのみならず、相部屋の患者とかからも事情聴取がなされる。そんなリスクを冒してまで、主治医が高齢者を「枯らす」というか「逝かせる」ことはまずないわけだ。
さらに、2014年の国会では医療法が改正されるようなので、これからは医療事故調査委員会が発動して調査しにくることになりそうだ。ますます病院で「枯らす」ことは難しくなるといえよう。

仕方がないので、枯れていくプロセスの中に死をビルトインすることが、問題が表面化しないコツだろう。これからはそのための方法論を書いていくことにしよう。

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