2018年9月5日水曜日

目薬で毒殺


「目薬で夫を毒殺」容疑で妻を訴追 米 2018年9月5日Yahooニュース

米サウスカロライナ州ヨーク郡保安官事務所は8月31日、夫を毒殺した容疑でラナ・クレイトン容疑者(52)を逮捕、訴追したと発表した。クレイトン容疑者は、数日にわたって夫のスティーブン・クレイトンさん(64)が飲む水に目薬を入れ、毒殺した疑いがかけられている。

ラナ容疑者は、夫スティーブンさんが自宅で死んでいるのを発見された数週間後に逮捕された。毒物テストの結果、スティーブンさんの遺体から化学物質テトラヒドロゾリンが発見されたことが逮捕につながった。

この物質は、処方箋(しょほうせん)なしで購入できる市販の目薬やスプレー式点鼻薬にも含まれている。


元の記事がこれですね。機械翻訳したようなお手軽な記事ですねえ。

テトラヒドロゾリンは血管収縮薬です。毛細血管を縮めることで効果が現れます。

(目の場合)
白目が赤くなる「充血」は、毛細血管が広がって血流が増えて赤みが際だつためです。血管を縮めれば、血流が減って元どおり白くなります。

(鼻の場合)
鼻水がぐじゅぐじゅ出るのは、鼻の粘膜から水がしみ出してくるためです。「水」の材料は血液で、血管の壁から漏れてきます。血管を縮めてしまえば、原料が流れてこなくなるので鼻水が減ります。


「じゃあ、これを含む薬は何か?」ということで、PMDAこと独立行政法人医薬品医療機器総合機構に薬のデータベースがありますので調べてみましょう。
コールタイジン点鼻薬
テトラヒドロゾリン鼻用スプレー0.1%「ミナト」

これの単剤では、濃度が薄すぎて致死的な作用はなさそうです。
かといって、何十本も飲み物に混ぜたりしたら、味が変になってバレるでしょう。

ただ、添付文書を見てみますと、

・使用上の注意
(次の患者には慎重に投与すること)

1.冠動脈疾患のある患者
[血管を収縮して冠動脈疾患を増悪させるおそれがある。]

2。高血圧症の患者
[末梢血管を収縮して血圧を上昇させるおそれがある。]

3.甲状腺機能亢進症の患者
[甲状腺機能亢進症の患者は交感神経が興奮状態にあることが多い。]

4.糖尿病の患者
[肝臓のグリコーゲンを分解して血糖を上昇させる作用がある。]

アメリカですから、ターゲットとされた方は、おそらく肥満体だったのでは無いでしょうか。筆者の経験でも、ホームステイ先で台所に立っていたオカンが、夕飯を作りながらワンホールのケーキをむしゃむしゃ食べているような国ですからねえ。高血圧・糖尿病・虚血性心疾患ぐらいのコンボはあたりまえなんじゃないでしょうか。

心臓に栄養を送る冠動脈が、ギリギリ詰まるか詰まらないかすれすれの人が、こんな血管を縮める目薬を盛られたら、いよいよ血管が詰まってしまって、心筋梗塞で死亡するという展開になりそうです。

バランス良い食生活の日本人だと、目薬ごときを盛られたとしても、そうそう死ぬことはなさそうに思います。

あと、気になるのがこちら。

>当時、スティーブンさんの「気分の変動」が激しく、

となれば、抗うつ薬なんかを医者にもらっていても不思議はありません。

ここでキモになるのは、日本でも売られているMAO-B阻害薬です。これは、脳で働く神経伝達物質であるドパミンやセロトニンを破壊する酵素MAO-Bの働きを抑えます。壊されないわけですから、ドパミンが増えます。

MAO-B阻害薬、もともとはドパミンが枯渇するパーキンソン病の薬です。知っての通り、ドパミンが増えると気分がアガります。「もしかしたらヤバい薬なんじゃね?」と気がついてしまったあなたは賢いです。実際、この薬であるセレギリン(エフピー®)は覚せい剤原料として厳しく管理されています。ちょちょいと化学構造をいじれば、覚醒剤になってしまうということからも、効き目は推して知るべしですね。

実際、セレギリンは抗うつ薬としても使われていたそうです。今は適応がありませんが。


以下は邪推ですが、
(1)重症のうつになった夫が、抗うつ薬としてセレギリンを近所の医者からもらった。
   (もしかしたらパーキンソン病から来るうつ症状があったのかもしれないが不明)
(2)夫の飲んでいる薬を知った妻が、MAO-B阻害薬の作用を増強させると死に至ることを知る
(3)近所のドラッグストアで目薬をゲット。
(4)食事や飲み物にひたすら混入
(5)血圧が急上昇
(6)脳出血やらで死亡
という流れでしょうか。

2018年8月10日金曜日

「入院したら最後の●●病院」

2018年4月30日づけで、ブログにコメントを頂いておりました。ありがとうございます。
ある病院に入院したら、不本意な形で家族を失ったことが切々と書かれています。
非常に長文でした。最初はですます調だった文章が、しだいに生々しい感情がほとばしる強い文体になります。

ただ、これはよくある話ですので、取り上げたいと思います。別に私は全国の医者代表ってわけでもないですし、その病院を擁護するつもりも糾弾するつもりもありません。 一個人として好きに書かせていただきます。

●経過

投稿者の身内の高齢者が、インフルエンザ後に「肺炎」と診断されて入院しました。
受診した理由は書かれておらずわかりません。年齢も基礎疾患も不明です。

ただ、もともと元気な方らしく、「まだまだ普通のものも食べられてたし、歩くこともできていた」程度のADLで、普段から「ストレッチや散歩、体操等」のほか、誤嚥しないよう食事に気をつけており、いつも「120歳まで生きて新聞に載ろうね」と話すほどの健康意識の持ち主でした。家族としても、入院の理由が納得いくものではなかったようです。

そんな方が、入院で「医療的な拷問」を受け続けた結果、亡くなったというのです。「元気でまだまだ生きる気力のある人をちゃんと手を尽くしたのではなく、故意にさんざん傷つけ弱らせ弱らせ亡くなるようにされた」と。

病院のみならず、市役所の対応にも不満を訴えます。入院中に要介護認定を受けることとなり、市から認定調査員が来ました。「今の季節は?」と質問され、4月なのに暑い日であったので、本人は「夏」と答えました。そうした木で鼻をくくった対応で、書類を仕上げて出ていった市職員の態度も屈辱的だといいます。

●誤診?

投稿者は肺炎という診断にも懐疑的です。
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おかしいなと思ったがインフルエンザは治ってしまったし、CTの影は上のほうは全く綺麗なものだったのにだから全く延命なんて段階じゃなかったし、
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呼吸器専門医の資格を持つ私としては、肺炎を侮るなということにつきます。
素人目には下肺野だけに異常があったとしても、たちまち悪化することもしばしばです。

<高齢者の死因(平成28年)>
第一位:悪性新生物
第二位:心疾患
第三位:肺炎
第四位:脳血管疾患
第五位:老衰
第六位:不慮の事故

肺炎が堂々3位にランクインです。

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病院の治療に見せかけた殺人行為、入院したら最後の●●病院。
最初にお年寄りというだけで全部一緒にしてすぐに緊急時の延命治療の話である。
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朝、にこにこ家族と面会していた高齢者が、夕方になって呼吸状態がみるみる悪化して今際の際をさまよう、ってことは経験しないとわからないかと思います。緊急時には挿管して人工呼吸管理をするほかないのですが、医者の判断で処置した後で、「こんなこと頼んでない」とか「家族の総意ではない」とか言われると我々も頭を抱えます。こういうわけで、入院したら最初に今後どうするのかを聞く病院も多いでしょう。

たしかに信頼関係もできてない中で、「急変時の対応はどうします?」と医者にいわれたら、「貴様、うちの家族を治す気ねえだろ!」と憤るのもわかりますけどね。

ここからボタンの掛け違いが始まったわけですね。
書かれている「拷問」についてコメントしていきます。

●喀痰吸引

肺炎だと痰が出ます。高齢者で心不全を合併しているとさらに痰が増えます。通常は吸引して気道を開通させます。

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部屋にいると「いきなり痰を取ります」と、「痰を取らないと窒息の危険がある」と管をどんどん突っ込む拷問。それによりまず口封じ。悪くなる種作り。
後は徐々に専門的な医療的拷問で痛めつけられて弱らせていく。
もう手遅れ!葬られるまでの計画が始められてしまった。
アッと気づいた時には管を目いっぱい突っ込んでる。肺や声帯がどれだけ傷つけられてるかもわからない。その後はどんどんどんどん痰がたまってくる。そのたびに痰取りの拷問。患者が何か言えば痰取りの拷問、何か要求すれば拷問で声を出せなくされ、伝わらないようされてる。
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まるで看護師が喀痰を吸引したから痰がたまったか、のような記述です。
「口封じのため」とか「痰取りの拷問」とか穏やかではありません。

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喉から入れる管が入れすぎていないかなどと言うと、鼻から入れてさらに苦しめる。
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コミュニケーションがうまくいかなかったようですね。面会時間帯に張り付いている家族がいたら、医療職はひと声かけてから処置します。無言でゴリゴリ吸引するような看護職はまずいないでしょう。

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(とろみであまり好かないお茶ではあるがあまりに痰取り方法が酷いので)痰をお茶で(胃のほうに)流し込みたいと言った時も、看護師に完全に否定され、また管をつっこんで痰取りの拷問、どうしようもない。
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痰を胃に流し込む、という新提案です。

まず基本的なことがわかっていませんね。
「痰」は口の中にある唾液とは違います。気管や気管支の奥をふさぐ分泌物です。それが口の中に上がってくると、道路でおっさんが「カーッ、ペッ」と吐いているあれになります。この方はそこらへんを取り違えているのでしょうね。

口の中に出てくる前の気道分泌物を吸引するには、相当深くまでサクションカテーテル(いわゆる管)を突っ込む必要があります。介護職が実務者研修で習うのは、せいぜい口の中とか鼻腔の中とかまでですから、そんなに悶絶することはないでしょうが、生き死にがかかった病院だと、奥深くまで容赦なく吸引せざるをえないこともしばしばです。痰づまりを解消したいと思っても、外勤先で気管支鏡が置いてなく、カテを奥深くまで突っ込んで救命したこともありました。

絶食にされているようですので、嚥下機能も相当落ちていたのではないかと思われます。むせることもなく、静かに誤嚥するわけです。お茶を飲めば、胃ではなくて肺に押し込むことになり、肺炎の再発・悪化やむなしとの判断かもしれません。

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息が詰まってはいけないと当たり前のように言われる吸痰ですが、私の親が高齢にもかかわらずもんどりうっていました。入院前は取ってもらったこともないのに急に奥まで突き刺すように入れられて。何か間違っていませんか?
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>入院前は(痰を)取ってもらったことがないのに
それもそのはずで、入院する前は痰の量が多くないのですから、取る必要はありません。

状態が悪いから痰が貯まるのであって、それを放置していたら換気不全→低酸素血症→窒息死でしょう。スタッフとしても吸痰しないほうがよっぽど楽ですよ。夜勤なんか特にそうです。なにより、わざわざ手間のかかる喀痰吸引を「拷問のため」にする医療者がいるとは考えにくいですね。私が看護学校で教えるときには、「1 回の吸引時間は最大でも10秒以内。処置を始めるのと同時に、息を止めてみましょう。相当苦しいのがわかります」と伝えます。むやみやたらと行うわけもなく、モニターを見たり聴診器で呼吸音を聞いて、必要な限りで処置するものです。

吸痰を「必要がない」「納得できない」というのなら、退院すればよいのです。
好きなものを好きなだけ食わせて、誤嚥するならすればよく、そうやって想いのままに人生を閉じるのがよいと考えているのなら、自宅で大往生すればよいわけで、病院をご利用頂く必要はないのです。そういう方こそ、責任を取りたくないのか、文句を言いまくりながら病院にいたりしますが。

●超理論

独自の理論にこだわる身内は、必ずいます。そして私らが説明してもあまり理解を示されません。理解を超えると陰謀論に及ぶことがあります。

うちのじいちゃんは病院に苦しめられている。命を狙われている。

【1】必要性も考えず、ひたすら手を動かすことだけで「やっべ、私すげー仕事してる。超イケてる(死語)」と満足感にひたる看護職がいる
【2】患者を苦しめて喜ぶようなサディスティックな看護職がいる。
【3】患者を苦しめて状態が悪くなると、検査だ処置だと余計な出費ができるので、病院が儲かる。

(1)も(2)も、医療職がずいぶん信用されてないなーと思います。まず(1)ですが、処置やらなにやらをすれば記録したり、物品補充などの手間が増えます。若いうちは仕事を覚えようと必死でしょうが、ある程度の経験を積んだらあまりやりたくないのが本音です。(2)は人間の内面まではわかりませんからなんとも言えませんが、怪しい行動をしていたら組織内でチェックされます。看護師の世界はピラミッドのような序列がありますから、同調圧力も半端なく、そういう人は端々に異常さが見え隠れしますので、まず浮くでしょう。
(3)は、寝たきり老人がいるような療養病床では、パック料金(包括払い、いわゆるマルメ)なので検査や処置をすればするほど赤字ですから誤解です。

実際、こんなコメントもありました。
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アホなことをした。バカなことをされた、悔しくて仕方がない。
こっちは治療と思うから病院を信じ医者や看護師の言うことを信じて色々次から次、伺いを立ててきたのに禁止ばかりされてそれがただの拷問だったとは。まだまだ考えられるあらゆる治療とされてきたことが全部病院の策略だったななんて。治るように治療してもらえるはずの専門の技術を持った病院じゃないのか。
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そんなことをして一体なんの得があるでしょうか。
ヂアミトールを点滴しまくって「殺戮の天使」になったナースも中にはいますが、我々は基本、患者のためにと仕事する生き物です。心身ともに楽な仕事でもないのに、せっせと人殺しをしていて何のやりがいを感じられましょうか。

●クレーム

思路が独特な方に対しては、何度も何度も説明しても理解が得られないことがあります。それゆえにトラブルになることも多いです。担当医で納得しないと、「院長を出せ、土下座しろ」から始まり、保健所に通報、警察や県などに相談、Google mapに☆1つをつけてコメントで誹謗、ブログやツイッターで書き散らすなどもしばしばです。ベストと思うことをやった上でも、「人殺し」だのと罵られますから、メンタルを保つのはなかなか大変です。

ヂアミトールを点滴した容疑者の心情はまったくわかりません。が、彼女が働いていた終末期医療の現場でも、余命幾ばくもない方を静かに看取るというはずが、忍者屋敷のようにあちこちから思わぬ横槍が飛び出してくるために心身ともに疲弊し、看護職としての仕事に絶望し、倫理観も麻痺し、やってはいけない行動に出てしまったという側面があるのかしれません。

医療職も患者・家族の側も、お互いにリスペクトする間柄になれればいいのですが。



日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

2018年8月9日木曜日

ほんとに救急車呼びますか(その2)

国の方針もあって、寝たきり老人を病院から家に引き取ることが増えました。
「口から食べないから」「食べると誤嚥するから」と鼻から管がつっこまれて家に帰されることもしばしばあります。

こんな話を見てみましょう。

●経管栄養

92歳女性。
年相応の衰えはあるが、自宅でなんとか自立して生活していた。ある晩、夜中に尿意を催してトイレに行こうとした。昭和ひと桁生まれなので、電気をつけるのがもったいないと考えて手間を惜しみ、暗い中で動いて足を滑らせ尻もちをついた。ベッド脇で動けなくなっているところを、翌朝、同居の息子に発見され救急要請。検査で左大腿骨転子部骨折と判明。即日入院し手術(人工股関節置換術)を施行した。

術後間もなくリハビリが始まったが、本人は頑固に拒否した。理学療法士や看護スタッフから、廃用が進んでしまいADLが低下してしまうことなどをわかりやすく再三説明し、優しく促したが頑として聞き入れなかった。急性期を過ぎたためリハビリ病院に転院の予定だったが、リハビリをしない腹づもりなので行き先はなかった。ほとんど寝たきり状態になった後で、老健施設に退院した。認知症の症状も出てきて、食事を食べなくなったため、鼻から胃まで管が留置され、栄養剤が注入されるようになった。

強い意志をもってリハビリは一切しないが、「足の付け根が痛い」としきりに訴えるので、ロキソプロフェン、レバミピド を定期内服していた。
ーーーーーー

まあこういう人はけっこういます。急性期病院としては、ベッドが回転しないと地域での救急車の受け入れなどのミッションが果たせませんし、入院が長くなると売上も減る仕組みですから、「とっととどこかに行ってもらいたい」ということになります。

薄味の治療で納得いただければよいのですが、われわれ医療職としては、(どんなに無理筋でも)治療法があるのなら提示しなければいけません。法律や判例なんかで義務づけられていますからね。ただまあ、家族の希望とはいえ、その後の見通しもないままに手術するのはどうなのでしょうかね。

手術の後は回復期リハビリテーションとはいうものの、超高齢者にまじめにリハビリに取り組んでもらおう、というのはそもそもご無体な話です。寝たきりになるような人がV字回復をして歩けるようになった症例を、わたしの医者人生ではほぼ見たことはありません。

リハビリの必要性を説いても、高齢な本人からは、
「どうせもうすぐ死ぬんだから」
「年寄りいじめてどうするんだ」
とか絶叫されます。身体は動かしたくなくても、口は達者だったりします。

一方で家族はリハビリすれば復活して元通りになると思い込んでたりします。
本人はまるでやる気が無いとしたら、医療職としては板挟みで頭を抱えるわけです。
そうこうしている間に、本人はどんどん衰えていきます。メシも口から食べられなくなったりします。

家族は当事者意識がないことも多く、「とにかく元気にしてください」と無理な要求をします。この方も「食えなくなったら鼻から管を入れてください」となりました。

●痛み止めのチカラ

つづきです。
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某日から、心窩部違和感を認め、ロキソプロフェンは頓服に変更となった。
3日後に、経鼻胃管から黒色の血液が引けるようになった。血液検査でもHb 6g/dlと貧血を認めた。
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胃粘膜から出血したわけですね。
既往歴を見てみましょう。
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【既往歴】糖尿病、脳梗塞(シロスタゾール 200 mg/日内服)、高血圧症、脂質異常症
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出血しやすい素地はたっぷりです。

搬送時はこんなかんじです。
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【身体所見】意識清明、身長 143 cm、体重 32kg、体温 38.2°C、呼吸数 16 回/分、脈拍 112 回/分、整、血圧 161/78 mHg、眼瞼結膜に貧血。眼球結膜に黄疸なし。心音は正常、心雑音を聴取しない。呼吸音に異常なし。腹部は平坦・軟、腸蠕動音正常で自発痛、反跳痛 はない。両側下腿に圧痕性浮腫を認める。末梢冷感はない。

【主な検査】 静脈血液ガス:乳酸 8mg/dl、pH 7.429、PCO2, 34.0、PO2 95.0 、HCO3 22.1、ABE -1.5。血液所見:RBC 216 万、HD 6.2 g/dl、Ht 19.9%、MCV 88.0、MCHC 32.6、WBC 8,350、Plt 24.6万)、AST 21、ALT 15 、ALP 214 、LDH 162、CK 39 、TP 5.1g/dl、Alb 2.6、T-Bil 0.4、BUN 28.5、 Cre 0.51 、eGFRcre 85 、Na 135 、K 3.9 、CRP 0.36、PT 活性 91.8%、APTT 23.5秒 (単位は割愛)
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かなりの貧血ですね。赤血球6単位を輸血した上で緊急内視鏡を行うと、でっかい胃潰瘍と露出血管がありました。血管から血が吹いていたため、クリップを打って止血して凝固して終了となりました。消化器内科の先生ってホントにかっこいい。

●メイキング of 胃潰瘍

この方は老健から運ばれてきましたが、痛み止め(NSAIDs)がダラダラと長期投与されていたことで胃潰瘍ができたうえ、脳梗塞でいわゆる「血をサラサラにする」シロスタゾールで出血しやすい状態にあったことが原因と思われました。 一般的な NSAIDs の上部消化管出血、穿孔に対するリスクは非内服者に比して4.5倍です。予防がなされていないと10~15%の患者に胃潰瘍ができ、1%の患者は消化管出血します。とくにNSAIDs投与を開始してから3ヶ月以内の発生リスクが高いとされます。この方もビンゴですね。

老健だと看護師の目も届くでしょうが、こういう人が家にいたらどうでしょう。
NSAIDs 潰瘍の半分近くが、胃痛などの自覚症状を欠きます。早期に潰瘍に気づくというのはなかなか無理ではないかと思います。もしも家で亡くなったとしても、「体調が悪くなったのに気が付かなかった」といい張れば、警察に事情を聞かれたとしても、罪に問われることもないのではないかと思います。素人の私の浅知恵ですから実際どうか知りませんが。

この点を逆手に取るとどうでしょう。

例えば、
「うちの婆さんを病院や老健に置いておけば、月10~20万円がかかる。この金額をうちみたいな蓄えがない一般的な家庭でいつまでも捻出するのは厳しい。介護は先が見えない。介護職が懇切丁寧にケアをしてくれるのはありがたいが、それゆえにいつまでも経済的負担が続くというのも苦しい。「老い先短い人のケア」よりも自分らの生活が大事だ。
施設においておくのをやめて、そろそろ家に引き取って枯らしていくことも考えなければならない。もちろん、虐待だの何だのと言われて警察沙汰になるのも面倒だ。どうしたらよいか」

となった時に、病院や施設から高齢者を家に引き取り、あちこち「痛い」「痛い」というのでせっせと薬を飲ませて、しかるべきタイミングで胃潰瘍ができて出血してそのまま帰らぬ人・・というパターンも有るのかも知れません。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

2018年8月7日火曜日

経管栄養で糖尿病で

経管栄養ですが、こんなケースも有りました。

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94 歳女性
【主訴】発熱
【現病歴】特別養護老人ホームに入所中。寝たきりで意思疎通は困難で、自力で食事が摂れないため経鼻経管栄養。誤嚥性肺炎による入退院を繰り返していた。
【既往歴】脳梗塞。腰椎圧迫骨折、2型糖尿病、高血圧症、右大腿骨頸部骨折、急性胆嚢炎, 誤嚥性肺炎
【生活社会歴】喫煙歴なし、飲酒しない、要介護5
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医療介護業界以外の方からは、私達に対して「90歳過ぎて治療すんのかよ」とか「年寄りをネタに儲けようなんてクソが」とか指摘されるのだろうと思います。そりゃあ、あっさりテイストの医療にして、自然に任せるのがいいのでしょう。

そうはいっても、こんな図式ですから無理というものです。
・医療業界:生命体として長く生かすほど、診療報酬が入ってくる。
・介護業界:施設の稼働率を上げるために、いつまでもいてもらいたい。
 (空床だと一円も生まない。新たな客を捕まえてくるにもコストがかかる)
・本人の家族:長く生きててもらえれば、年金がもらえる。(年金は家族の生活費)
 できればいつまでも入院しててもらえれば、年金を使わないでよくて助かる。
 (いろんな減免を使いこなせば、医療費のほうが介護費用より安かったりする)

家族の満足やスタッフの給料を出すためにも、イヤイヤ延命せざるを得ないんですよ。

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某年から2型糖尿病の内服加療が開始され,近年は1日あたりグリメピリド(0.5mg) , シタグリプチン(50mg)、ミチグリニド(10mg) でHbA1c 9%台,随時血糖値 250 mg/dl程度。
某年X月Y日から38°C台の発熱と酸素飽和度の低下(86~87%)を認め,同日救急受診。
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経管栄養あるあるです。また誤嚥でもしたかなあというところ。
CTでは両肺下葉と右肺上葉背側に浸潤影。誤嚥性肺炎でビンゴ。

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血ガス:血糖値 1032 mg/dl, pH 7.407, HCO3- 19.7 mmol/L, 血漿浸透圧369 mOsm/L, BUN 66.1 mg/dl, Cre 0.74 mg/dl
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高血糖高浸透圧症候群もかぶってました。
これは高齢者に多くて死亡率は 16.0%と高いです(Fandini G)。
管理がいまいちの2型糖尿病、誤嚥性肺炎、寝たきりで水が容易に飲めない、というコンボで高度の脱水に至ったわけですね。

まずは血糖を下げるわけですが、大量の補液をぶちこむと心不全になるので、結構たいへん。インスリンも持続静注しながらカリウムの値にも気をつけながら治療します。


この方も家族でバトルがあったようです。
●面会によく行く近くの家族A
「もう寝たきりだし、治療したからといって話したり歩いたりできるわけでもない。ただただ延命させるのもかわいそうだ。救急車は呼ばなくて良い。自然な形で」

●お盆と正月ぐらいしか面会に来ない東京の家族B
「田舎だからといって手抜きは許さない。とことん治療してもらわければならない。ドラマのコードブルーみたいに、ERで一生懸命やってもらって当然」

●家族Aの息子C
「もうこんなふうに(注:ねたきりよぼよぼ)なってんのに今さら治療してどうすんの?じいちゃんのところ(注:天国)のところに送ってやればいいじゃん。」


我々は病院に来たからには治療せざるを得ません。治療しないのならば病院に連れてきてほしくないわけです。

幸い、肺炎も高血糖高浸透圧症候群も治って退院の運びになりました。
すっかり寝たきりですから、介護施設に戻るために寝台車の介護タクシーが必要です。運ばれてきた時は救急車でしたが、帰りまでタクシー代わりに使うことは当然できません。遠くの施設まで介護タクシーだと数万円かかります。

家族から恨み言を言われました。
「お前が助けたからこんなに無駄なカネがかかる」

「おれたち、一体誰のために仕事してるんだろうなあ」とネスレのインスタントコーヒーにお湯を注いで一気に飲み干して、また老人施設からの救急車を迎え入れるのでした。

日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

2018年8月3日金曜日

ほんとに救急車呼びますか(その1)

「自分の家で死にたい」という人は多いです。死を迎えるプロセスといえば、テレビのドラマみたいに、病気が静かに進行して、しだいに弱っていくイメージがあるのでしょうが、そういう人ばかりではありません。

たとえば、こんなケースでどうするかです。

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83歳、男性。
【既往歴】胃癌で胃全摘術、腹部大動脈瘤にてステントグラフト内挿術,、慢性閉塞性肺疾患で在宅酸素療法、肺結核後遺症で遷延性肺瘻孔。
【生活社会歴】喫煙:既喫煙者 30~40本/日×60年、飲酒:3合/日×50年
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病気のオンパレードみたいな人生です。喫煙のせいで肺を壊したのは自業自得と考える読者も多いかも知れません。喫煙のせいで動脈硬化がすすんで大動脈瘤にもなりました。トータルすれば、これまでの医療費は1千万は軽く超えているでしょう。

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ある日の夕食後、自宅の居間で突然激しいいびきをかき始め、妻の呼びかけに反応しなくなった。
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ここが分岐点です。

<選択肢>
A 「もうだめだわ、お父さんこれまでどうもありがとう」
B 「大変だ、今すぐ救急車だわ」
C 「まずは誰か子どもを呼ばないと。えーと沖縄の息子の携帯は・・」

混乱して憔悴して、救急車よりも先に葬儀屋を呼ぶ家もあります。葬儀屋さんから、「まだ生きてるんだけど診てくれないか」と困り果てた電話が病院に来ることもあります。

この場合は、「家で死なれても困る」というジャッジで妻が救急車を呼びました。

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救急隊到着時、意識はJCS300, 収縮期血圧 200mmHg, 脈拍数 120回/分, 呼吸数 10回/分, 瞳孔 6/6mm, 対光反射なし
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かなりヤバそうです。救急隊に担ぎ込まれたときの主な所見はこんな感じです。
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●鼓膜温 39.6°C, 血圧 235/104mmHg, 脈拍 138/分, SPO2 91%(酸素 10L/分リザーバーマスク下)、呼吸は不規則でいびき様
●神経:JCS I -300, 瞳孔5/5mm, 対光反射なし。左バビンスキー反射陽性、自動運動なし、筋緊張は亢進, NIHSS 38/42 
●頭部単純CT:橋から中脳方向にかけて、8ml程度の出血あり、周囲は低吸収を呈する。脚前槽まで血腫が及び、第三脳室後部底にも穿破。明らかな脳室拡大はなし。 
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橋出血とそれによる意識障害ですね。世にいう昏睡状態ってやつです。すでに瞳孔散大していて脳の機能は回復不能と思われました。

この橋出血は予後不良、要は命を落とすことが多い上、よしんば命が助かったとしても後遺症がガッチリ残ることが多いです。この方も脳神経外科は手術しても助けられないといい、脳神経内科的な治療がメインになりました。血圧を下げて、脳浮腫を抑えるという対症療法しかできないということになりました。

ちなみに熱があるのは、出血のせいで脳幹がぶっ壊れたからです。体温調整ができなくなり、呼吸もおかしくなるわけです。呼吸状態が不安定なので、救命のためには気管挿管して、人工呼吸管理が必要です。

もはや、声をかけても手を握っても、本人はおそらく何もわかっていません。脳が深刻なダメージを受けており、外界の刺激に反応することはもうないでしょう。人工呼吸管理をしても若干生命は永らえるでしょうが、ICUのベッドで機械に繋がれた状態です。家族の面会時間も限られます。

ここで選択。
A 延命を希望して、とことん高度な医療を要求する。
B 治療がうまくいかないのは担当医の失態であり、厳しく糾弾する。
C これまで重い病気を乗り越えてきたことに想いを寄せ、静かに看取る
D 苦痛を取り除く医療行為だけを行うよう求める。

突然の展開ですので、かなり動揺するでしょうし、なかなか合理的な判断ができないことは僕らもわかっています。ベテランの看護師が入っていろいろと調整してくれました。医者にできることなんか知れてますからね。

本人は「エンディングノート」みたいなのを作ってたようですが、バタバタした中では家族は気が付きませんでした。

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結局、このケースでは、挿管はせずに静かに見守る方針となりました。ニカルジピンで血圧管理、グリセオールで脳浮腫対策を行いつつ、一般病室で妻と静かに過ごしていただきました。血圧や心拍数がしだいに低下し、妻に手を握られて他界されました。
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血圧管理によって脳出血は減少傾向にありますが、大酒飲みや喫煙者はリスクが高いです(脳卒中治療ガイドライン2015)。この方は、病気を重ねても生活習慣を一向に改善するつもりがなかった人のようです。酸素を吸うようになるまで、タバコも吸っていました。酸素を吸いながらたばこを吸うと、火ダルマになるのでさすがにやめましたが。

こういう話をはたから見れば、「クソジジイ、医療費の無駄だ」「老害、家で死ね」とかいうY●hoo!コメントみたいな陰性感情が湧き上がるのもわからないではありません。ただ、医療費の金勘定や制度論をこねくり回すのは、我々現場の医者ではなくて、政治の仕事です。個人的な考えはいろいろあっても、淡々とプロとしての仕事をこなすのが我々です。

皆さんはどうお感じになったでしょう。

亜硝酸ナトリウム

オーストラリアで野生の豚が増えすぎ、減らす方法を研究したところ、亜硝酸ナトリウムが便利であることがわかりました。豚は何でも食べてもりもり繁殖するので、野生化した豚は農作物に多大な害を及ぼすようです。

亜硝酸ナトリウムは肉に使われる食品添加物で、いわゆる防腐剤です。古くなった肉の色を鮮やかにして見栄えをよくしたり、食中毒の原因となるボツリヌス菌などの繁殖を抑えます。肉の生臭さもごまかします。ハムやベーコン、ホットドッグのような肉が腐らないようにするわけです。

これを飲んで中毒になった人が、「防腐剤は腐った人生を片付けるのにも使える」とうそぶいていましたが、亜硝酸ナトリウムとはどのような薬なのでしょうか。

■メカニズム

亜硝酸ナトリウムは血液に入ると、赤血球中のヘモグロビンを変化させてメトヘモグロビンに変えます。このメトヘモグロビンは、ヘモグロビンと違って、酸素を結合して輸送する能力がはるかに低下しています。酸素が運べないので、メトヘモグロビンを多く含む血液は赤みを失い、茶色に見えます。こうして全身が酸欠(低酸素血症)になるので、中枢神経系や主要な臓器が障害され、死にいたります。

井戸水に亜硝酸が含まれていて、知らずにそれで粉ミルクを溶いて赤ちゃんに飲ませたらメトヘモグロビン血症になった事例もあります。

メトヘモグロビンが増えると困るわけで、生体にはこれをヘモグロビンに急速に還元する酵素があります。メトヘモグロビンレダクターゼ(別名ジアホラーゼ、シトクロムb5レダクターゼ)です。が、亜硝酸塩の量が多すぎると、こうした保護機構は圧倒されてしまいます。酵素が邪魔されるので亜硝酸塩の効果が増します。進化したとはいっても、豚も人もこの辺の弱点はおんなじです。

また、玄米や米ぬかから作られるフィチン酸(イノシトールヘキサホスフェート,IP6ともいう)も酵素を阻害します。強い金属キレート作用があるので、玄米などをよく食べる人は、ミネラルが吸収されないんじゃないかと心配する人もいるくらいです。イノシトールのサプリは健康食品の店で容易に購入できます。

■症状

大量の亜硝酸ナトリウムで中毒をきたすと、酸欠になって意識がなくなり、最悪では死に至ります。その前に眠くなったり、混乱がみられたり、頭痛などが生じます。

具体的には、血中のメトヘモグロビンが15‐20%以上に増加するとチアノーゼを生じ、40%以上では頭痛やめまい、呼吸困難、意識障害などが出現します(日本救急医学会web)。

治療としてはメチレンブルーを注射したりします。理科の実験で「酸化と還元」を勉強する時に使った、あれです。

■亜硝酸ナトリウムで死ぬ

亜硝酸ナトリウムの推定致死量は成人でわずか3gです。寝たきり老人で、鼻から管が入れられて経腸栄養が注入されている人だと、栄養剤に混入されたらひとたまりもありません。ヂアミトールを点滴するには、注射器や点滴ラインが必要ですが、鼻管だったら病院でなくても決行できてしまいます。

被害を防ぐために、手口を紹介しておきましょう。対策を講じてほしいと思います。

(材料)
亜硝酸ナトリウム   10g
水          50ml
重曹         小さじ1
イノシトール 500mg 100カプセル [並行輸入品]   10錠
吐き気止め(プリンペラン 5mg 錠  6錠)
痛み止め (ロキソニン  60mg錠  2錠)

0 亜硝酸ナトリウム液を飲む30分前に吐き気止めと痛み止め、イノシトール入りのカプセルを飲みます。
1  水に亜硝酸ナトリウムを溶かします。非常に水に溶けやすいです。
2 1を飲む直前に、水に炭酸水素ナトリウム 小さじ1杯を溶かして飲みます。
3 1を一気に飲み干します。味は目立たず、吐くほどマズいものではなさそうです

※1 亜硝酸ナトリウムは血管平滑筋をゆるめて血管を拡張させるので、血圧が下がってショックを起こして死に至ります。また、血管が開いて血流が増えるために頭痛が起こりますが、鎮痛薬を飲んでおけば防ぐことができます。

※2 胃酸を中和すると亜硝酸ナトリウムがすばやく吸収されます。

■入手法 

亜硝酸ナトリウムは食品の添加物として広く使われているので、入手も簡単です。ホームセンターでも買えるところがありますし、インターネットで簡単に手に入ります。売価だけみれば海外の方が安いですが、送料を考えるとamazonや楽天で購入するのが良いでしょう。

物質的にも非常に安定していて、管理が良ければほとんど永久に保管できます。ただ空気中の湿気を吸収しますので、密閉容器に保存します。冷暗所でなくても常温で構いません。不要になった亜硝酸塩はトイレに流せば処分も簡単です。


身の回りにこういった薬を集めている人がいたら、命を狙われているかも知れませんので、気をつけてください。また、自分自身が死ぬほど辛いときには、こうした薬を手に入れて自決しようと思うかもしれません。そんなときは緩和医療科とか心療内科とかの門をたたくことをおすすめします。力になってくれるはずです。

日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

2018年8月2日木曜日

ヂの薬

横浜の老人病院での大量殺戮に使われたと言われる「ヂアミトール」。
犯罪行為は許せませんが、この薬の名前につけられた「ヂ」には味わい深いものがあります。この「ヂ」から、医療従事者なら誰しも連想する薬があります。
ヒサヤ大黒堂での不思議膏ではありません。そりゃ「ぢ」です。

チラーヂンS
言わずと知れた甲状腺ホルモンの飲み薬です。一般名はレボチロキシン ナトリウムで、甲状腺機能が低下した人に足りてない甲状腺ホルモンを補うために処方されます。

非常に良い薬なのですが、使い方によっては高齢者にとっては危険です。
自決かよ、というケースも何度か体験しましたので紹介しましょう。


●飲み過ぎで甲状腺機能亢進症
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80代男性、独居。妻を亡くしてから意欲が落ち込み、食欲不振、不眠や便秘も出現した。遠方の娘に連れられて受診。抑うつのスクリーニングで行った採血で甲状腺機能低下症を指摘された。チラーヂン®の処方が開始されて、意欲や食欲が改善した。
外来に定期的に通院して安定していたが、やがて甲状腺機能が低下してきた。原因を探ろうと、医者が「最近変わったことはありませんか」と聞いても、「なんでもねえ」と会話が終了し、詳細は不明。認知機能を調べようとしたが、カンカンに怒鳴り散らして検査はできずじまいであった。やむなく、チラーヂン®を追加して問題なく経過していたが、定期受診の日に来なくなった。電話にも出ないので、民生委員に連絡して見に行ってもらうと家で倒れていた。救急車で搬送されてきて、そのまま死亡確認。
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●どんな薬も認知症の人にはフラグ
しかも、言葉も忘れてうまく話せないとか、一人暮らしとかともなると、フラグがビンビンに立ちまくりです。高齢者は強固な意地がありますから、医者からの質問も、「バカにしやがって」とか「文句あんのか」と喧嘩ごしにとらえます。なかなか正直に教えてくれません。

この方も、胃薬を薬局で買って飲んでいたようで、チラーヂン®の吸収が悪くなったようです。お薬手帳に売薬の情報が貼ってなく、原因不明としてチラーヂン®が増えました。
認知機能も落ちており、一日に何回薬を飲んだのか忘れてしまうようになりました。薬を飲みすぎて、低めだった甲状腺機能は正常を通り越して亢進状態です。

●甲状腺ホルモン過剰は無駄に元気
薬を過剰に飲んだだけで、メシはうまいし、気分はすっきり。調子が良くなったもので、高齢者は「治った」と思い込んで病院に来なくなります。「この薬をたくさん飲むと調子がいい。あのやぶ医者より、俺のほうがよっぽど優秀だ」と過剰なペースで薬を飲み続けます。

教科書的には、甲状腺機能亢進症の症状は次のようなものです。
決していいことづくめでは無いことを覚えていてください。
・手足のふるえ(振戦)、けいれん
・体重減少
・動悸や頻脈
・精神症状(つかれやすい、不眠、集中できない)
・下痢や嘔吐

甲状腺ホルモンの薬を飲みすぎると、代謝が亢進して筋肉が痩せていきます。食べた以上に運動してエネルギーを燃やしているイメージです。とくに腰回りの筋肉がごっそり落ちるので、しだいに布団から起きるのも億劫になります。台所に立っているのがしんどくなり、メシを作るのも面倒で食事も抜きます。食事をとらないから、薬も飲まなくていいや、という発想が出てきます。当然、トイレに行くのも面倒で水も飲みません。

布団で数日転がっていると、高齢者はあっという間に寝たきりになります。尿路感染症や肺炎にもなるので、高齢者はみるみる状態が悪化して死に至ります。

このケースもこれまで書いてきたような経過と考えられました。

●甲状腺を甘くみない
甲状腺ホルモンを飲みすぎて、甲状腺クリーゼという状態に陥れば、異様な高体温や、心不全や不整脈をきたして命に関わります。筋力が落ちて寝たきりになっているところに、このところの暑さがかぶれば、熱中症で持って行かれるでしょう。窓を締め切った家の中に数日倒れていれば、遺体はみるみる腐敗するので、司法解剖でも死因はわからないとでしょう。こうやって、もともと生体内に備わっている物質を使って、高齢者を「始末」することもできるわけです。

最後に一言。甲状腺は奥が深いので、単にホルモン剤を処方したり薬を止めたりすれば良いってものではなく、専門医に診てもらうのが筋です。ただ、甲状腺の専門医は数が多くないのでどこも混んでいます。筆者の病院だと、大学から週1で専門医が来ますが、甲状腺外来は毎日150人がザラです。飲まず食わずトイレも行かず、という内分泌の先生のストイックな仕事ぶりに驚きます。専門医ほどのクオリティは難しいにせよ、せめて薬は医師の指示通り飲んでほしい、と願わずにはいられません。


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2018年7月27日金曜日

プロポキシフェン

旦那がじゃまになったので、医者からもらった眠剤を旦那に飲ませて抵抗できなくしたうえで、不倫相手と共謀して殺した、みたいなニュースが流れています。医者が出す薬というのは、処方された人だけに使ってほしいのですが、悪用されると恐ろしいですね。

薬は怖いぞ、という話でいうと、ある種の鎮痛薬を大量に飲むと死んでしまいます。日本や先進諸国だと販売されていませんが、海外旅行にいったときに、街角の薬局で買える国もあるそうです。もしかすると、顔見知りの人から大量に飲まされて殺されることがあるかもしれません。知識があっても損はしないので、ご参考までに紹介します。

●プロポキシフェン
そんな薬のひとつが、プロポキシフェン(デキストプロポキシフェンナプシラート)です。ゲットするには医師の処方箋が必要です。一般的な鎮痛薬が効かないとき、つまりはアセトアミノフェン(タイレノール®)とか、ロキソニン®とかでは、効き目が不十分なときに処方されます。プロポキシフェンやジェネリックは、ベストテンに入るぐらいの売上でしたが、米国やカナダでは2010年に発売中止になりました。まだ売られている他の国では、ダーボン(Darvon)、ドルクセン(Doloxene)、およびデフロナル(Depronal)などがメジャーなブランドのようです。

●危険な理由
発売中止になった理由のひとつが、プロポキシフェンの治療域が非常に狭いことです。つまり、痛みに効く用量と死ぬ用量との差がごく小さいのです。個人差もあるので、「●ミリグラム飲んだからもう助からない」とか「まだ●ミリだから大丈夫」というように、摂取した量だけをみて、致死量かどうかを判断することはできません。ユーザーからすれば、どんだけ飲んだら安全かわからないような薬を処方されても困りますね。

酒と一緒に飲むと、毒性が増強します。酒+眠剤+プロポキシフェン、とりわけ、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬との組合せが最凶とされます。オピオイド(要は医療用の麻薬)と同じように、この薬が代謝されると心毒性も生じます。こうして、「プロポキシフェンは安楽死できる」という評判がたち、アングラな世界で人気を博してしまいました。

市販のパッケージだと、1箱50カプセル入りです。1カプセルあたり、成分100mgが含まれていますから、10グラムを集めるためには、医者から痛み止めを約23週間分もらえば良いという計算になります。1日に46カプセル(400600mg)が処方量ですので、取り立てて多い量ではないでしょう。これに、ベンゾジアゼピン系で長時間作用型の睡眠薬を10錠ほど飲むと死に至ります。

●手順
1)シートからプロポキシフェンのカプセルを取り出す。
2)カプセルをはさみで切り開く
3) カプセルの中に入っているプロポキシフェンの粉末10gをコップに入れる。
4) ベンゾジアゼピン系の眠剤(例えばロラゼパム30mg)もコップに投入
5)軽食を摂り、吐き気止め(例えばプリンペラン®)を飲む
6)4に水100mlを入れる。水に溶けないので、スプーンでかき混ぜて懸濁液を飲む。

こういう手間をかけないと致死量は摂れないので、不用意に薬を飲まされて殺されてしまうことはまず無いかと思いますが、油断は禁物です。海外には日本にはない危険があることも念頭に置きましょう。

また自分自身が死ぬほど辛いときには、海外で薬を手に入れて自決しようと思うかもしれません。そんなときは緩和医療科とか心療内科とかの門をたたくことをおすすめします。力になってくれるはずです。


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2018年7月26日木曜日

アミトリプチリン


三環系抗うつ薬(以下、TCA)は歴史のある薬です。言い換えれば、安全性がそんなにうるさく言われていなかった頃の薬ってことになるでしょうか。

●TCAの歴史
1960年代に入ると、TCAは抗うつ薬として広まりました。しかし、治療域が狭い、つまり、抗うつ薬として治療に使われる用量と、毒性が出る用量とが近いのが問題となりました。うつ病の患者が意図的に過量摂取したり、誤って大量に飲んでしまったりする危険性があったわけです。

リスクを知ってか知らずか大量に飲んでしまって、患者に死なれでもしたら、製薬会社としては訴えられて負けてしまうかもしれません。アメリカみたいな訴訟大国だったら、会社の命運に関わります。そういうわけでもっと安全な抗うつ薬が開発され、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などがTCAに取って代わりました。TCAは難治性の神経因性疼痛(例えば、頑固な三叉神経痛)とか、片頭痛の治療とかに使われていますが、一時期ほどの売上はなくなりました。いい薬ではあるのですが、時代ですね。

●TCAで安楽死
そういうわけで、本来の使い方ではない形でTCAを使うと、「信頼性の高い致死的薬物」になります。いくつかの特徴が「有用」といえます。とくに心毒性と中枢神経系への作用に着目です。中枢神経、要は脳の活性を下げます。通常の量だと、余計なことを考えなくなって不安が消えるなど、精神のバランスを保つのに役立ちますが、多量に摂取すると、眠くなり(鎮静)、さらには昏睡に陥ります。心臓に対しては、ポンプの作用が低下して血圧が下がり、不整脈も起こって死をもたらします。まとめると、TCAをたくさん飲むと眠くなって不整脈が起こって死ぬ、わけです。

●アミトリプチリン
アミトリプチリンはTCAの中でも鎮静作用が強力で、特に致死的な薬物です。医者から処方された薬は、くれぐれも子供の手の届かないところに保管してください。

日本ではアミトリプチリンの成分を10mgまたは25mg含む製剤で売られています。商品名だと、トリプタノール®がメジャーです。

添付文書を引用しましょう。
適応:うつ病・うつ状態: アミトリプチリン塩酸塩として、通常、成人 1 日30~75mgを初期用量とし、 1 日150mgまで漸増し、分割経口投与する。まれに 300mgまで増量することもある。 なお、年齢、症状により適宜減量する。

夜尿症: アミトリプチリン塩酸塩として、 1 日10~30mgを就寝前に経口投 与する。 なお、年齢、症状により適宜減量する。

末梢性神経障害性疼痛: アミトリプチリン塩酸塩として、通常、成人 1 日10mgを初期用量 とし、その後、年齢、症状により適宜増減するが、 1 日150mgを超えないこと。

ヨーロッパだとあちらの方は体格がでかいこともあって、50mg錠がメジャーなようです。海外から個人輸入する場合には、商品名がEndepとかElavilになります。致死量は諸説ありますが8g程度といわれています。


●アミトリプチリンを使って平穏死する方法

致死量の8gをゲットするためには、不眠症で1日30mgを処方してもらったとして、8000mg/30mg=270日分です。足繁く精神科なり心療内科に通わねばなりません。ただ、「アミトリプチリンをよこせ」と名指しで要求されると、ふつうの医者は勘付きます。「自殺とか人殺し目的で薬を集めてるんじゃないか」と。そうなると、他の薬が処方されたり、専門の医療機関に行くように勧められます。

医者だって、人殺しには成りたくないですから当然です。

これ以上書くと、警察に怒られるので一旦打ち止めです。
続きが読みたい方がもしいれば、下記からコメント下さい


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2018年7月24日火曜日

魂のサフラン

変わったものを食べて亡くなる人はいるものです。身の回りによくあるものなら、何の気なしに食べて、誤って死んでしまうこともあるのですね。

最近報道されているのがこれ。
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有毒なイヌサフランの球根で食中毒、女性死亡
2018年7月24日 06時12分 読売新聞

北海道・帯広保健所は23日、同保健所管内の80歳代女性が、有毒成分を含むユリ科のイヌサフランを誤って食べ、食中毒症状で死亡したと発表した。球根をジャガイモやタマネギと間違えて食べたとみて注意を呼び掛けている。


北海道帯広保健所提供


発表によると、女性は12日、自宅庭で採取した球根を調理して食べ、夜に嘔吐おうとや下痢、腹痛などを訴えて救急搬送され、14日に病院で死亡した。同保健所が家族から確認した。道警の司法解剖で、体内から有毒成分のコルヒチンが検出され、女性宅庭からコルヒチンを含む数少ない植物で知られるイヌサフランの球根が確認された。

イヌサフランは観賞植物で秋に紫色の花を咲かせ、ホームセンターなどで購入できる。葉や種子、茎、球根に有毒成分を含む。今年4月には岩見沢保健所管内で70歳代男性がギョウジャニンニクの葉と間違えて食べて死亡している。
帯広保健所は「葉が枯れるこの時期も球根を間違えて食べないよう、注意してほしい」と呼び掛けている。

朝日新聞でも取り上げられています。

イヌサフランは葉の形がギョウジャニンニクと似ており、道内では2013年6月~今年4月に6件の誤食例(推定含む)があり、4人が死亡している。



NHKの報道では、
ーーー
多くのケースは、食用のギョウジャニンニクと間違えて葉を食べたことによる食中毒ですが、平成25年には、イヌサフランの球根をミョウガと間違えて食べた札幌市の女性が一時、入院しました。

また、宮城県によりますとおととし、県内の男性がギョウジャニンニクの根と間違えて、イヌサフランの球根を食べて亡くなるなど、球根による食中毒は道外でも起きています。
保健所によりますと、イヌサフランは、葉はギョウジャニンニクに、球根はジャガイモやタマネギに似ているということです。

見分けるポイントは、イヌサフランの葉にはギョウジャニンニクのようなにおいがありません。また、ギョウジャニンニクの茎の根元にあるような赤味がないということです。
さらに、葉の形ではイヌサフランはジャガイモやタマネギと違った形をしているということです。
ーーー

5年で6件の中毒、うち4人死亡ですか。かなり強力な毒性といえます。ただ、ちょっと下痢したとか吐いた、ってケースは、カッコ悪くて保健所に届けてない可能性はありますね。

私も経験がありますが、なにより違いは匂いです。ギョウジャニンニクは文字通りニンニク臭がします。臭いです。イヌサフランと間違えるのは、鼻が詰まってるような気もしますが、育ち具合によっては匂わないのかもしれません。一般的には、イヌサフランの方が葉っぱの枚数が多いとか、芽を揉んでもニンニク臭がしないとか、球根がデカくて茶色いとか、いろいろ違いがあるようです。でも、「せっかく取ったんだからとにかく喰う!」と決めていたら、違いには目がいかないかもしれません。

さて、このギョウジャニンニク(アイヌネギ)、命がけで食べたくなるような、そんなにウマいたべものなのか、気になりますことでしょう。https://macaro-ni.jp/51561によると、

>ニンニクの香りがして根にはラッキョウのような形の茎が付いた山菜なのです。
●基本は山菜と考えると、しょう油漬けや酢味噌和え、天ぷらなどの調理方法がおすすめ
●風味はニンニクなので、たくさん食べてしまうとニンニク臭はしますが、お酒のお供に一品和え物にあると辛味がクセになりお酒がすすみそう

北国産まれの筆者としては、ジンギスカンに入れるのが絶品でした。ちまたの山菜好きにもたまらんのでしょう。そんなふうに、野山に分け入って、草木をむしってくるような元気な高齢者も、イヌサフランの毒性には勝てません。

●毒性
毒性成分としてコルヒチンを有する。球根に 0.2~0.5%含まれている。コルヒチンの 致死量は 1~6mg のため、10g(大体 1 球)で死亡する可能性が高い。染色体倍加剤、痛 風治療薬などに含まれるものである。ヨーロッパ中南部~北アフリカ原産の球根植物で あり、日本には明治時代に渡来し、園芸植物として広く植えられる。
(内閣府食品安全委員会webより)

注目すべきは、ここ。
>球根1個で死亡する可能性が高い

この花、イヌサフランですが、楽天だと球根が5個で2000円で売られています。
バラで球根1個だけ買うと、送料別で420円。その辺のホームセンターだと200円ぐらい。
イヌとはdogではなくて、役に立たないという意味らしいです。
こんなのを、「猛暑に負けないように、夏野菜ですよ、カレーに入れましたよ」とか言って食べさせられると、もう大変です。じゃがいもの代わりにゴロゴロ入れられている球根を知らずにほお張ったら、もう危険です。イヌサフランの食感がカレーの匂いや香りでごまかされているところに、有毒成分のコルヒチンが作用して死んでしまいます。

●症状
嘔吐、下痢、皮膚の知覚減退、呼吸困難が生じ、重症の場合は死亡する。 コルヒチンは刺激性、細胞分裂防止性を持っている。ヒトの場合、代謝され強力な細胞刺激剤のオキシジコルヒチンになり、コレラに似た症状が現れ心臓欠陥性虚脱で 36 時間 以内に死亡する。 (内閣府食品安全委員会webより)

イヌサフラン入りカレーなんかを喰わされたときのイメージです。
1)「変わった味だが、まあこんなもんか」
2)3~4時間で、嘔吐、下痢が来る。「悪いものでも食ったかなあ」
3)腹が痛くなり、病院に行く。
 医者「心当たりはありますか」
 患者「カレーを食べました」
 医者「胃腸炎ですね。これを飲んで家で休んでてください」
4)帰宅。下痢が収まらない。水っぽい下痢がダラダラ続く。
5)脱水がひどくなり、病院に。点滴をされるが帰宅。
6)家で寝ていると、致死性不整脈が起こって死亡。
7)家で死んだので警察が検視に来るが、「不審な様子もないし、解剖しないでいいべ。病死病死。とりあえず、急性心不全?」ってことにされて原因不明のまま火葬。

患者さんがイヌサフランがカレーに入っていたことを知らなければ、わざわざ医者に申告しません。食中毒とわからなければ、医者から保健所に通報されることもなく、真相はわかりませんね。

ひそかに命を奪えてしまうという意味では、和歌山のヒ素入りカレー事件よりも、ある意味怖いかもしれません。

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2018年7月20日金曜日

眠るように逝く

鎮静作用があるクスリを大量に摂取すると死にます。
そんな薬をひとつ挙げよと言われたら、抱水クロラールになるでしょう。
安楽死のために長年に使われてきており、研究しつくされている感があります。

日本では、小児科で画像検査や歯科治療時などに泣き叫ぶ子どもに寝てもらうために使われたりしています。MRI中の子どもの鎮静は結構たいへんです。くすりの量が多いと過鎮静で呼吸が止まったりしますので、絶妙な量が求められます。呼吸していることはモニターで監視しているとはいえ、もしものときは大変です。「呼吸停止だ!蘇生だ!」といっても、MRI室に持ち込める物品には制約がありますので、臨戦態勢がすぐに取れるかというと厳しいこともあります。

あとは磁場の問題です。以前の勤務先のことですが、急変対応でバタバタしたときに、非磁性体ではない普通の酸素ボンベをうっかりMRI室に持ち込んでしまったことがありました。ボンベが引き寄せられて宙を舞いました。職員全員が「おおきなかぶ」状態でうんとこしょ、どっこいしょと引き止めればいい、という話かもしれませんが、動きが早すぎて刃が立たず、頭に当たらずに死人が出なくてよかったというレベルです。

その結果、ドーナツ型のコイルの真ん中にボンベが空中浮遊してしまいました。これでは検査に使えませんので、磁場をいったんチャラにするために、超伝導コイルをとりまく大量の液体ヘリウムを捨てることになりました。クエンチというのですが、再セットアップ含めて数千万円がパーになったそうです。

さて、そういった鎮静に使うトリクロリール®はわりとマイルドな鎮静薬ですが、女性に対する性的虐待にも使われてきた過去があります。アーティストの中には、抱水クロラールを酒に混ぜて、ホテルのスイートで酒池肉林を繰り広げた人もいたようです。T.Rexのベースやドラムスで活躍した人の名前がついていて、ミッキー・フィンとか呼ばれるんだそうです。

トリクロリール®10%液を200mlグイッと飲むと、トリクロル酢酸が20g摂れます。諸説ありますが、ほぼ全量が抱水クロラールに変化すると考えると、この量は抱水クロラールと同じと考えて良いでしょう。抱水クロラールの致死量は一般的には0.25g / Kgといわれていますから、体重80kgぐらいまでの方は、コップいっぱいのトリクロリール®で死に至るわけです。

確実性を求めるには、毒性を高める必要があります。肝臓で解毒されるのを邪魔してしまえばいいわけで、定番はアルコールです。しかも、抱水クロラールはアルコールによく溶けます。酒と抱水クロラールの相乗効果は抜群ですが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を飲むと良いとされます。

ちなみに、抱水クロラールを大量に飲むとどうなるでしょう。食道や胃が強烈に刺激されて、嘔吐は避けられません。自殺が未遂に終わると、消化管が瘢痕化したり穴が開く(穿孔)するかもしれません。摂取後15-20分後に鎮静効果が現れて眠くなります。寝た後で、しだいに心臓の電気伝導が障害されて不整脈が生じ、心不全から死に至ります。ただまあ、心臓ペースメーカーが植え込まれている人には、狙った効果は得られないでしょうね。

トリクロリール®もエスクレ座薬®も、処方箋がないと入手できませんので、一般の方がこの薬で静かに世を去ろうというのは難しいでしょう。死にたくなるほど辛いときには、心療内科や緩和ケア内科などを受診されることをおすすめします。

日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s




薬で死ぬということ

医薬品の役割は何でしょうか。病気を治癒させたり、症状を軽減するためですね。少なくとも医薬品は人生を終わらせる目的で開発されることはありません。しかし、意図されていない方法で使用すると死に至る薬は存在します。わかりやすいのは、決められた用量を超えて過剰摂取することです。

どうやって薬を摂取するかですが、最も簡単なのは口からごくっと飲みこむことです。特別な装置が何もいりません。その気になれば、誰の助けもいりません。自分ひとりの決断と行動で可能です。重度の病気で苦しんでいて、もはや人生を終わらせたい人にとって最適かもしれません。特殊なデバイスがいらないのですから、ある朝、布団で突然亡くなっていても、駆けつけた警察官が検視した際に、「自然死」「事件性なし」として扱われる可能性が高いといえます。そのあたりを概説しましょう。

●死体と警察
日本では、介護施設や病院以外で死体が見つかると警察官が呼ばれます。一軒家で孤独死したら腐ってどろどろに溶けていたり、山菜採りに行ったきり帰ってこなくなったばあちゃんは白骨死体かもしれません。死に様はいろいろですが、「医者が最期まで見届けました」という死亡診断書がないと、警察が出張ってきます。 

病院で亡くなったとしても、家に連れて帰る際に、看護師や葬儀屋から「死亡診断書は持ちましたか?」としつこく聞かれます。めったに無いですが、輸送中に警察に職務質問されて、車から死体が出てきたら、立派な事件です。死亡診断書をぱっと提示できないと、「ちょっと署まで」となってしまうのです。

「ただの紙切れに高いカネとるし、警察と結託して医者の利権じゃねえか」とか言われることもあります。ただ、1人の人間が亡くなったことを証明するという、死亡診断書の重みを感じていただきたいです。医者が診断書を一通書くにしても、なるべく丁寧な字で(私はもともと字が汚いので、どんなに時間をかけても下手は下手ですが)、患者さんの背景、闘病の経過や回診でのやりとりなどに想いを寄せながら、万感の思いでしたためていることは覚えていただければと思います。

通報を受けた警察官が来ると死体の服を脱がせて外表を観察します。これを検視と呼びます。警察署から数人の警察官がきて、チェックリストにそって細かく見ていきます。検視でこれはあやしいぞ、事件の疑いがあるぞという死体は、解剖や毒物検査に回ります。かつて相撲部屋でリンチ殺人が見逃された失敗などから、死因・身元調査法という法律が2012年にできました。ただ、予算不足は以前のままなので、徹底して調べるのは相当怪しい死体に限られているようです。海外ドラマに出てくるニューヨーク市警やNCISなどとは比べ物になりません。 繰り返しますが、死体の見た目におかしい点があるかどうかが分かれ道になります。

●在宅医療と警察
自分の家で療養中に亡くなることもあります。何かの病気でかかりつけの医者がいて、その病気で死んだと説明がつくのなら、いちいち警察が介入することはありません。末期がんで余命の短い人がしだいに弱って亡くなったとして、わざわざ警察官が家にドカドカ上がり込んで、捜査するでしょうか。日本で1年に亡くなる人は100万人です。そんな膨大な数をいちいち捜査していたら警察がパンクするでしょう。

がんの患者さんが他界した場合、医学的に筋が通っていれば、かかりつけ医は「がんの経過として矛盾しない」と考えて、「●●がん」による死亡ということで死亡診断書を発行してくれます。ただ、もし末期がんの患者さんが、自らある種の薬を飲んで最後の一歩を踏み出したとしたらどうでしょう。見た目に異常がなければ、かかりつけ医も見逃すでしょうし、警察に連絡が行くこともありません。ましてや解剖されることはほぼ無いでしょう。

剖検(解剖)が行われた場合には、血液検査がされますので薬物の過量摂取であれば、死因となった薬物が見つかります。しかし、「病死」としてお葬式を出して、火葬して遺骨をお墓に納めるという道筋がついている人を、解剖しないまでもわざわざ死後に採血して薬物検査したりして、ことを荒立てるかかりつけ医がどれほどいるでしょうか。開業医は過当競争にさらされています。変な評判が立つことは望みません。

静かに流行している死後の画像検査(いわゆるAi)だってそうです。死後だと健康保険が効きませんから、遺体の搬送や撮影費用だってべらぼうです。都会だとAiしてくれる施設もありますが、地方だと「遺体と患者さんを同じ機械で撮りたくない。変な噂が立つ」といわれて拒否されるところも多いです。

保険金も絡んできます。病死だと生命保険で保険金が出るでしょうが、もしも自殺の疑いがでたら、保険会社が調べに来て保険金の支払いを渋るかもしれませんから、家族が資金を出してまでAiするとは思えません。遠からず亡くなる人というのは、家族や関係者も含めて予定調和の中にあるので、それを乱すことは望まれないのです。

安楽死・尊厳死のために経口薬を飲むだけなら簡単じゃないか、と思ったあなたはあわてんぼうです。失敗しないために、何の薬を使い、どうやって準備し、効果的に服用するかについて、十分理解しておく必要があります。このブログでおいおい書いていきましょう。

そもそも死にたくなるほど辛いときには、まずはかかりつけ医や心療内科、緩和ケア内科などに相談するのがおすすめです。力になってくれるはずです。



日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s




2018年7月18日水曜日

Hey,Siri

男性死亡 尻に空気、死因は窒息 茨城県警
毎日新聞2018年7月17日 09時34分(最終更新 7月17日 09時51分)

茨城県龍ケ崎市で13日、エアコンプレッサーを使って尻から空気を入れられた千葉県柏市の会社員、石丸秋夫さん(46)が亡くなった事件で、茨城県警竜ケ崎署は司法解剖の結果、死因は窒息と判明したと発表した。
同署によると、石丸さんは肛門から空気を入れられたことで内臓を損傷。内臓から漏れた空気が体内にたまり肺を圧迫したという。
同署は14日、傷害致死の疑いで、同僚で同県つくば市の会社員、吉田佳志容疑者(34)を逮捕。吉田容疑者は「いたずらのつもりでやった」と容疑を認めているという。

ーーー
こういう業務用のアイテムを使って、人が死んでしまう事件はよく起こりますね。
決まって「いたずら」だとか「冗談」のつもりだというのが、定番の言い訳です。
シャレで殺されてしまっては目も当てられませんが。


さて、「ケツから空気が入ったのに窒息?」と首をひねる方もいるでしょう。
どういうメカニズムで死んでしまったのかを邪推します。

エアホースの先が尖っているものは、エアガンと呼ばれます。

 
(出典 https://www.monotaro.com/g/01253991/)

ゴミや水分を吹き飛ばすのにすごい威力を発揮します。エアホースはただでさえすごい風圧ですが、その先端が尖っていますから圧力がさらに高まります。庭に水を撒くホースを想像しましょう。先を指で押しつぶせば遠くまで水が飛びますね。内腔が狭まって圧が高まるわけです。現場では作業服を着ていたのでしょうが、エアガンでは厚手の作業着も目じゃないぐらいの風圧がかかります。

「ケツの穴をきゅっと締めたら空気なんて入んないだろ?」という考えもあるかもしれません。その圧力は70歳未満だとこんなかんじです。

最大静止圧 男性:87.0-138.2 cmH2O / 女性: 68.5-125.5 cmH2O
最大随意圧 男性:234.6-528.4 cmH2O / 女性:136.5-327.5 cmH2O

(出典:社会医療法人社団 高野会 大腸肛門病センター高野病院

一方で、エアガンの圧はモノタロウのサイトでは、最高使用圧力0.6MPa(=6118.3cmH2O)、空気使用量610L/minとあります。


その差は歴然です。高圧の空気をエアガンでかけられて、「おい、やめろ!」とお尻の穴をキュッと目一杯締めたとしても、ケツの圧の10倍以上の圧力で空気が注入されます。当然ケツの穴から大量の空気が入ってきます。

入ってきた空気は肛門を突破して直腸へ行き、直腸からS状結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸と逆流していきます。パンパンに膨れた大腸ではおさまりがつかなくなった空気は、回盲部を突破して小腸に流れ込みます。

膨れた腸管っていうのは医療関係者じゃないとなかなかイメージがわかないかもしれません。身近な腸管があります。ソーセージです。羊の腸に詰めたものがウインナー、豚の腸だとフランクフルトです。グロいというのなら、バルーンアートを思い出してください。

空気でパンパンになった腸管のイメージにぴったりだと思います。

おそらく、容疑者は嫌がる被害者の反応を面白がって、ガンガン空気を吹きかけたことでしょう。わずか一分でも最大で数百リットル、肛門にジャストミートしなかったとしても、数十リットルは腸管に空気が入ったと考えられます。


よくネット広告で出てくる、腸内に長年へばりついている「宿便」というものは医学的には存在しませんが、頑固な便秘で便がたまったとしてもせいぜい数リットルでしょう。すでに腸管の限界を超えます。風船だと余裕で破れます。腸管もたちまち破裂するでしょう。


老人だと腸に行く血管が詰まったりして腸が腐り、穴が開くこともしばしばです。腹の中にウンコがばらまかれて腹膜炎になります。「ウンペリで緊急オペです」と麻酔科ローテ中に呼ばれたのが思い出されます。ちなみに、ウンコのパンペリ(汎発性腹膜炎)のことです。穴を塞がないと死にますから、緊急手術です。開腹したら手術室にウンコの匂いが充満します。その中で腐った腸を切って元通りつなぎ、腹腔をしっかり洗って手術が終了します。外科医というのはドラマでは格好よく描かれていますが、こういう地道な仕事もきっちりこなしているのです。


さて、このケースの場合には腸が破れ、空気が腸の外に漏れます。腸の外ですが、腹の皮の中です。ナイフで刺されたとか、よっぽどのことがないと、腹の皮膚までは破れはしません。結構伸びますからね。腹水が10L以上貯まっている患者さんも見ます。おそらく司法解剖では、腹にメスを入れた途端、大量の空気がぷしゅーと抜けたことでしょう。


漏れた空気でパンパンになった腹は、横隔膜を押し上げます。息を吸うには肺を広げなければなりませんが、横隔膜を下げて息を吸うスペースがありません。息が吸えなければ吐けませんから、当然呼吸ができず、苦しみます。悶絶しながら数分のうちに絶命します。

容疑者のいたずらによって、何が起こっているのかよくわからないうちに、腹がぱんぱんになり、パニックになっているうちに呼吸が止まって死んでしまったという、あんまりな展開ではないでしょうか。
救命するためには、腹にカッターでも突き刺して空気を逃してやればよかったのかもしれません。感染症は避けられませんが、死ぬよりマシだろうとは思います。

それにしても、扱っているものの危険性を理解できない人や、おもちゃ代わりにして他人に迷惑をかけてしまう幼稚な人には、危険なものを使わせてはいけないのでしょうね。



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2018年7月14日土曜日

鼻からしょう油

岩手県の保育所で食塩を注入して、食塩中毒で死なせてしまった事例があったのをご記憶でしょうか。

食塩4.5~5g摂取か 1歳児中毒死、ほぼ致死量相当
2017年7月20日06時56分 朝日新聞デジタル より引用

認可外保育施設で2015年8月、預かり保育中だった●ちゃん(当時1)が食塩中毒で死亡した事件で、病院に搬送された●ちゃんの体内の食塩摂取量が約4・5~5グラムに相当することが、捜査関係者への取材でわかった。専門家によると1歳児で小さじ1杯分(5~6グラム)の食塩を摂取すると死に至る恐れがあるといい、●ちゃんはほぼ致死量相当の食塩を摂取させられた疑いがある。
捜査関係者によると、●ちゃんの食塩摂取量は血中濃度から測定した。事件当時、施設内には●ちゃんと×容疑者の2人だけで、×容疑者は乳幼児用のイオン飲料を容器に入れ、食塩を混ぜて、スプーンで●ちゃんに与えたとみられる。●ちゃんの背中には多量の食塩が付着していたといい、●ちゃんが食塩を与えられ、嘔吐(おうと)した可能性があるという。

ーーーー
なんともお粗末な知識が不幸な結果を招きました。こんな程度の認識で保育所を営業して、大事なだいじなお子さんを預かっていたかと思うと哀しくなります。自分の子供が小さいころには、母がおらず頼りない父(=自分)の代わりに保育士さんが手取り足取り子育てのコツを教えてくれて、本当にありがたかっただけに信じられません。

さて、本ブログは高齢者医療を扱っているので、そっちにもどします。

日本医事新報といえば、たいていの医局に置いてあるためになる雑誌です。いろいろ面白い記事がありますが、とくに注目するのは「良縁求む」のコーナー、という医者は多いです。自分も結婚に失敗して今はわびしい立場なので、毎号しっかりチェックしています。

さて、そんな医事新報ですが、2018年7月7日号にも食塩中毒にまつわる質疑応答がありました。胃瘻からの経管栄養に追加する食塩についてです。

少し前までは食べなくなった老人の栄養補給と言えば、リポビタンDもとい、胃瘻というのが定番でした。今は胃瘻は保険の適応が厳しくなったり、イメージが悪くなったために作るケースが大分減りました。そのかわりに、鼻の穴から長い管を突っ込んで、栄養剤を胃にダイレクトに流し込むという経鼻栄養が静かに流行しています。インフルエンザの検査を体験すればわかりますが、鼻から物をつっこまれることの苦痛といったらかなりのものです。おぇぇええええと押し寄せる嘔吐反射。管が入っている限りはあれが続くのですが。

栄養剤だけだと塩分が足りないので補充する必要があります。
管から高濃度の食塩水を突っ込むとどうなるかも医事新報に書いてました。

・食塩1g+水20ml into 空腸瘻 → 限局性小腸炎(静脈経腸栄養2009;24(3)
・食塩4g+水20ml into 胃瘻  → 胃出血 (日臨外誌.2007;68(7))

高浸透圧で消化管の粘膜が傷害されるわけですね。
生理食塩液は0.9%ですが、食塩4g/水20mlはざっと16%で、濃口しょう油と同じです。
かつて戦争に行きたくない若者が、徴兵検査で落ちるために、しょう油を一気飲みしたという伝説は聞きますが、とても飲めたもんじゃないでしょう。死ぬか生きるかがかかった精神状況でないと無理です。

点滴でヂアミトールを注入されるのも怖いですが、経鼻胃管(俗に 「はなくだ」)が入っていれば、家庭にあるもので殺されてしまうこともあり得ます。

塩化ナトリウムのLD50が体重1kgあたり0.5g~5gとされていますから、寝たきり老人で40kgぐらいに痩せてしまった人だと20~200gぐらいが致死量です。

濃口しょう油 カップ1/2

みたいな殺人レシピもあり得るわけですね。
最後の晩餐が腹いっぱいの濃口しょう油なんて、ホントやめてほしいです。

在宅医療ってのは、一歩間違えれば、恨まれている人から命を狙われる恐れもあるのかもしれません。医療費をケチろうという国からすればいいのかもしれませんが、ちょっと枕を高くして休めない気もします。

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2018年7月12日木曜日

殺人ナース考2

ヂアミトール点滴による大量殺戮事件。この事件は、病院という場で大勢に対してやらかしたので目についてしまったわけですが、これが在宅医療の現場で起きたらどうなるかと考えるとすごい話です。

国が在宅医療を推進していますから、点滴を刺したまま家で療養している高齢者も普通になりました。謳い文句は「最期は住み慣れたところで」みたいなハートウォーミングなものですが、役所の本音は医療費削減であることは暗黙の了解になっています。

今回の事件で、点滴ラインが入っていれば、そのへんのドラッグストアで買った消毒薬を注入して殺せてしまうということがバレてしまいました。ヂアミトールでもいいですし、別な名前で同じ成分(塩化ベンザルコニウム)が入った消毒液もあります。こちらだと500mlで300円ぐらいとお手軽です。

かつてこの手の事件では、塩化カリウムや塩化カルシウム、亜硝酸ナトリウムなどが使われてきましたが、粉を溶かしたり調製したりする手間が一切ないことから、ヂアミトールは犯罪者にとっては便利な代物です。今後模倣犯が大量に出てくることが懸念されます。

ちなみに、オーストラリアで安楽死や尊厳死を支援する活動をしている、EXIT internationalでは、液体窒素で安楽死するマシンを開発中ですが、これで死を迎えるにしても数十万円はかかります。安楽死が合法化されているスイスに渡ったりすれば数百万です。ヂアミトール注射はそれに比べれば激安です。死にさえすれば、という発想で自殺幇助に使われてしまうかもしれません。

自分が懸念するのは、エイジズムからの殺人です。

在宅医療が介入していれば、家の一角に介護ベッドが置かれて、高齢者が寝ていることが多いでしょう。この周りにも医療グッズが置かれます。病院だとベッドサイドには大した物品が置かれていません。ナースステーションから物が詰まったカートをごろごろ押していくのも対した負担ではないからです。かたや在宅医療では訪問看護のナースが来るまで時間がかかります。家に出入りする都度、大荷物をもって玄関から出入りするのも大変ですから、信用できる家族の家には物品を置かせてもらうこともしばしばです。患者さんによってはシリンジ(注射器)も置いたりします。

もし、ダークな誰かが注射器を使ってピューッと消毒薬なんかを注射したら、なすすべがありません。不用心ですが、まだまだ田舎だと鍵をかけない習慣の家も多いですし、「訪問診療は勝手に家に上がり込んで構わないから」という気前の良いご家庭もあります。日中は家の人が仕事に出ているが医療者に鍵は渡したくない、たいして盗られるものもないから開けておくという、よくわからない家も案外あります。

そんなところに、テロリストのような輩が来たらどうでしょう。

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人を殺害した男は、障害者への敵意や憎悪を犯行のきっかけだと述べていました。おもてに出すかどうかは別としても、高齢者のために医療費や年金をたっぷり負担させられている、そのために自分の安月給がさらに減る、などと憤っている人は結構おります。

昔ながらの家だと、介護ベッドはだいたい日当たりの良い一階の南側の部屋に置かれます。日当たりが良いということは、敷地外からも目につく位置で侵入しやすかったりします。狙われかねません。

家での療養を選ぶのは、家族にとっても一大決心です。24時間の介護負担に付き合っていくということを意味します。そのように大事にされている家族が、ちょっと買い物に行っている間に消毒薬を注射されて変わり果てた姿になっていた、というような事態が起こることも想定しなければならないのかもしれません。 

今回は病院でのできごとでしたが、サイコパスの訪問看護師が毒薬を注射して回る、という事態も考えねばないのでしょうか。となると、本当に嫌な時代になりました。




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殺人ナース考

逆性石鹸を点滴して、体内までくまなく消毒した「殺人ナース」のニュースが連日報道されています。恐ろしいことです。


「ワンショット注入」で混入速めたか…元看護師
2018年07月10日 07時14分 読売新聞より

横浜市神奈川区の大口病院(現・横浜はじめ病院)で起きた連続中毒死事件で、入院患者の西川惣蔵そうぞうさん(当時88歳)への殺人容疑で逮捕された同病院の元看護師久保木愛弓容疑者(31)が、医療器具の「三方活栓」を使い、点滴チューブに消毒液を入れたと供述していることが、捜査関係者への取材で分かった。薬剤をより速く投与する場合に用いる「ワンショット注入」と呼ばれる手法で、久保木容疑者は「自分の担当時間になる前に亡くなってほしかった」とも供述。神奈川県警は、短時間で殺害する狙いだったとみている。

 三方活栓は、点滴チューブの途中に取り付ける器具で、注入口に注射器をさし込み、薬剤を直接チューブに入れられる。点滴袋から徐々に投与するより、薬剤が短時間で体内に取り込まれる特徴があり、医療現場で日常的に使われている。

 久保木容疑者は2016年9月18日午後3時~4時55分頃、担当する4階に入院していた西川さんの点滴に消毒液「ヂアミトール」を混ぜ、中毒死させたとして逮捕、送検された。



(引用終わり)

前から拙ブログで書いてますが、木を隠すなら森。人を殺すなら病院なわけです。
医療者がその気になれば、跡形もなく人を葬る事は造作も無いことです。

点滴のルートさえ確保されていれば、どんな薬物だって投与できてしまうわけで。

医師免許を持っていたオウム信者で死刑に処せられた中川も、点滴を使って何人か殺したようですし、血管内にダイレクトに投薬できるというのは、悪いやつにとってかなりのアドバンテージなのです。だから医療関係者が暴力団にシリンジや針を横流しすると厳罰に処せられるわけで、刑事罰が決まったあとで免許が召し上げられることもしばしばです。

ちなみに、犯罪を犯した看護師は裁判で判決が確定したら、「医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会」なるところで、免許をどうするか処分が決まります。形式上の手続きに過ぎず、裁判と同じで前例通りシャンシャンと決まりますから、かつて久留米市で保険金殺人を働いたナース4人組が参考になるかもしれません。



さて、話を戻します。

報道によれば、この場合はワンショットで押し込んだようですから、静脈に結構な負荷がかかったと思われます。まあ興味深いのが次の点ですね。

ひとつは浸透圧。

確実に殺ろうと思ったら、ヂアミトールを10mlのシリンジ一本分ぐらいは注入するでしょう。ちょうど、ナース用の白衣のポケットからはみ出さない程度の大きさですし、持ち歩くのも都合が良い。ただこれをまるごと、ほかの勤務者にバレないように静注するとなると、結構焦るんではないでしょうか。背徳感を感じながら、医師の指示にもない注射をしているのを誰か同僚に見咎められたら、看護師生命も犯行計画もジ・エンドです。無色の液体ですから、あまり気にされないかもしれませんが、誰か止めてやってほしかったとも思います。

こんな消毒薬は体内に入ることを想定されていません。浸透圧が通常の医薬品とは異なるわけで、一気に注射されると点滴がさしてある部分にかなりの激痛が走ったのではないでしょうか。被害者もさぞかし不憫だったことでしょう。

遺体の外見で変化があれば、医師法に従って異状死体として届け出なければなりません。急変しても事件性が指摘されていないようですので、ヂアミトール静注では、血管に沿って変色したりはしないと考えられます。変色するまでにもしばらく時間がかかるでしょうから、生体反応が出る前に死に至ったものと考えられます。


2つ目は毒性。

がんの化学療法では血管傷害性の高い抗がん剤を使いますが、大量の点滴で薄めたり、手足ではない太めの血管(内頸静脈や鎖骨下静脈など)に点滴をさしたりして、副作用が及ばないようにします。血流が多ければ毒性も薄まりますからね。

ただ、こちらの病院のような老人病院で中心静脈に点滴を刺してるとは思えません。コストも高いですし、管理も面倒です。感染は起こすわ、血栓はできるわと、その都度医者が呼ばれて処置をするでしょうか。療養病床だとあまりモチベの高くない医者とか、急性期医療に疲れた医者とかが流れ着いて働いているという面もありますので、まあないでしょう。看護師判断で手足をくまなく探して、ほっそい静脈を見つけて、おそるおそる点滴の針を刺してライン確保をするというのは、全国どこでも見られる光景です。ここの病院もご多分に漏れずそうだったでしょうね。

血流が豊富な静脈にぴゅーっとヂアミトールを注入すれば、景気よく全身の臓器にぶちまけられます。当然あっという間に具合が悪くなるわけで、推理小説の「犯行現場にいた第一発見者が怪しまれるの法則」から考えると、まずはこの容疑者が疑われます。

逃げおおせる時間を確保するとなると、よぼよぼの手足にかろうじて取れたしぶい末梢ラインからヂアミトールを注入し、あとは三方活栓を切り替えて、クレンメを開けて何もなかったように点滴をぽたぽた落とし、その場を離れたと考えるのが自然でしょう。

その後、バレずに何人も殺すのに成功したら大胆になったようで、点滴に堂々と混入するようになったというのはすごい話です。



自分もアナフィラキシーで患者さんを失ったことがあります。

アレルギーの既往がない方で、十分な問診の上で投薬したのですが、ある種の薬が原因だと思われます。点滴ラインから薬が一滴入ったか入ってないかというだけでも、血圧が下がり、呼吸が止まり、心臓の鼓動が止みました。大勢で八方手を尽くしましたが助けることができませんでした。今でも悔しく申し訳なく思っています。

当時のルールに従って、「異状死」として警察に届け出たところ、殺人容疑で取り調べを受けました。点滴ボトルに一滴入ったかどうかの薬剤も、科捜研のテクノロジーでは余裕で検出されます。薬の成分を示すピークのぴんと立ったグラフを目の前に叩きつけられ、「お前が殺したんだ!」と刑事さんに朝から夜中までねっちり調べられたのは、本当にトラウマです。

田舎の警察署だと、刑事さんも医療の用語を知らず、漢字を紙に書いて説明すると、IMEパッドとかで調べていちいち入力しますし、年配の刑事さんだとパソコンをぱちぱち叩くのも時間がかかります。医療用語について怪訝そうにしていたので、親切心から説明すると、「刑事さんの知らないことを医者風情がほざく」のは癪に障るようです。「何をこのアマ、偉そうに」と感じられるようで、非常に不興を買ってしまいました。

警察署に行くような事態になったら、もう終わりだと思ったほうがいいです。自分の場合、弁護士先生はあまりあてになりませんでした。当番の先生は当たり外れが大きいですから、自分で相談できる先生がいればいいのでしょうが。


高齢の患者さんでしたので、「うちの人はもう十分生きたし頑張った。病院はよくやってくれたし、厳罰に処してほしいとは思わない」とご家族から上申書が出て、書類送検→不起訴という流れになりました。


何が言いたいかと言うと、警察の力を持ってすれば、わずかな成分ですら検出されるというのに、人を確実に殺せる量のヂアミトールを点滴バッグに混注して放置しておくとは、なかなか常人のなせる技ではありません。このあたりから、心神喪失状態で犯行に及んだとかなんとかいって、無罪をゲットするための法廷戦術が組み立てられるのかなあと思います。


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2018年7月10日火曜日

殺人ナース

元看護師、消毒液を原液のまま投与か 
毎日新聞2018年7月9日 19時49分(最終更新 7月9日 23時43分)から引用

神奈川県警、元看護師を88歳患者の殺人容疑で送検

 横浜市の旧大口病院で2016年9月、入院患者2人が中毒死した事件で、西川惣蔵さん(当時88歳)を殺害したとして逮捕された元看護師、久保木愛弓容疑者(31)が通常は薄めて使う消毒液を原液のまま投与した疑いがあることが、捜査関係者への取材で判明した。消毒液は高濃度で体内に入ると多臓器不全などを起こす恐れがある。神奈川県警は、久保木容疑者が殺意をもって投与したとみて調べている。

(中略)

 西川さんが死亡したのは16年9月18日で、目撃証言では、久保木容疑者が1人で病室に入室した直後に容体が急変したとされる。遺体からは高濃度のヂアミトールの成分(界面活性剤)が検出されており、久保木容疑者が原液を注射器で点滴側管から一気に投与した可能性がある。

 ヂアミトールは医療器具や手指の消毒用で劇薬指定はされていない。大口病院ではナースステーションなどに備え付け、ボトルで保管された原液を水で100倍ほどに薄めて使っていたという。久保木容疑者は備え付けのヂアミトールを使ったとみられる。

(引用終わり)


この薬、「ヂ」アミトールという、いかにもなネーミングからはえらく古いと思われる。添付文書では再評価が1982年というからそれ以前の薬だろうが、それ以上はネットではたどり着けなかった。ちなみに横文字だと「Germitol」であり、Germ(バイ菌)+アルコールを示す接尾辞-olからきた造語なのだろう。

このシリアルキラーとされている看護師、消毒薬を点滴したらどうなるか、という論文を読んでいたかどうかはしらない。pubmedでもbenzalkonium chlorideとか injection とかで検索しても殆ど出てこないのだから、この看護師のオリジナルと考えてよさそうだ。まったく、狂気の沙汰としか思われないが。

pubmedで見つけた数少ない臨床報告がこれ。

静脈内注射によるBZK毒性の報告例
40代の男性看護師。自殺目的で10%塩化ベンザルコニウム15mlを左前腕の静脈に注射し1時間後に入院。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)となり、連日連夜の血液透析を行ってARDSを治療し、21日目に退院。

おそらく数千万円単位で医療費をぶっこんで救命したのだろう。自殺したい、死なせてくれ、という奴に夜も寝ないで泊まり込んで救命する医療チームにはほんとに敬服する。自分はアホらしくて性格的に無理だ。

自分は、死にたくてそういう行為に及んだ人はそっとしておけば良いと思っているので、誰かの払った健康保険料を使って「生死の境をさまよう貴重な体験」をさせてやる優しさはない。誰が救急車を呼んだか知らないが、本人からすれば大きなお世話だろう。

いろんな物品をそろえて自宅で注射するという周到さの一方、わざわざ自宅という場所を選んで注射するというアンバランスさからは、誰かに見つけてほしいといったメンタル面の危うさが見え隠れする。殺人はもってのほかだが、自殺未遂も人に迷惑をかけるには違いないのだから、ぜひやめていただいて、早いところ精神科なり心療内科なり、医療機関を受診して落ち着いてほしいところである。

医療関係者として、というよりも、一納税者として、貴重な医療費や保険料が意味不明に使われるのは勘弁してほしいとも思うし。

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2018年6月21日木曜日

キニジンでジキに

キニジンとジキニンとは全く別のクスリで、前者は不整脈の薬、後者はカゼ薬だ。

筆者の実家は田舎なので病院通いも容易ではなく、親がどこからかもらってきた市販の薬で治したものだが、そのなかにジキニンがいつも入っていたのを思い出す。

CMは岡江久美子が「ジキニンでジキに治って」とにっこり微笑むやつ。学校を休んでほてる身体で毛布にくるまり、昼間っから眠れないのでテレビをつけていると、CMが流れてきて、「じきに治るなら薬いらねえじゃん」と毒づいたものだ。
そんなジキニン、もといキニジンは、Vaughan Williams分類でクラスIaのNaチャネルブロッカー。 心房細動や期外収縮、発作性頻拍などが適応だが、ネットで見る限りは、今どき先発品も売られておらず、I群ならシベノールなどに取って代わられたようだ。

添付文書がこれまたひどい。
> 経口的に投与するが、著明な副作用を有するので、原則として入院させて用いる。

これで21世紀のクスリかよ、言葉を選べよ、よくも承認したなと思うような添付文書だが、販売開始が1956年。日本が国連に復帰した年だそうで、えらい昔なんだから仕方がない。

さてこの辺からが本題。

キニジンが薬剤性QT延長症候群をきたすことは国家試験にも出る知識だ。素人にはおすすめできない薬である。筆者は循環器内科の医者ではないので、不整脈の治療なんか正直おっかないから専門医にぶん投げたい。研修医時代に循環器内科をちょろっとローテートしたが、朝から晩までカテ室に閉じ込められていた経験はほとんど役に立ってない。素人がカテなんかするわけないのだ。

ただまあ、外来に来た患者に不整脈が見つかり、「循環器内科はどこもいつでも混んでいるから行きたくない。専門医でなくてもいいから、ここで治療してほしい」なんて言われた日には、説得を試みた上で、それでも頑固に「循環器内科行かねえ」と拒否られてしまったら、しぶしぶジソピラミドを出してみることもある。非専門医でもわりと使いやすいクスリではある。

で、ちょっと横道にそれるが、介護施設の話。
特養あたりに入所中の高齢者が、なんだかうとうとと寝ている、飯を食わない、元気がないというと、「まあ、おじいちゃんは年だし仕方がないわね」と許してくれる家族ばかりではない。「救急車呼べ、徹底して調べろ、そもそもそうなったのは貴様らの介護がなってないからだ」なんて目を向いて怒り出す人も結構いるのだから、介護職も腰が引けてしまう。クスリを飲んでれば病院まで行かないで済むだろう、と考えるのが人情だ。

いろんな科の診療所でもらったクスリを、誤嚥を来さないように、せっせと飲ませるのだから大変だ。高齢者は飯を食いながら寝てしまったり、クスリを飲むにしても口をけなかったり、首を支える力すら入らなくて、べろーんと後ろにそっくり返ったりして、マンツーマンで時間をかけて飲ませることなり、いつ終わるのか予定がまったく立たず、サービス残業まったなしとなってしまう。過剰なサービスだとは筆者も思うが、介護施設もレッドオーシャンになってきたようで、家族へのサービスを通じて客をつかむという面もあるので苦しいところだろう。


●意識の悪い高齢者

そんな典型的な高齢者が「微熱がある」「なんだか元気が無い」「意識も悪い」ということで家族に報告した。やかましい家族なので細かく連絡することになっていた。「じゃあ病院につれていきましょう」ということになるかと思いきや、家族は「年だしほっといてください。仕事中に抜け出して病院に連れて行くなんてめんどくさいんで」とにべもない。まあ、介護施設ではよくある話。

宵の口なので、病院につれていくにしても、スタッフが張り付いて、いつ呼ばれるともわからない混んでいる救急外来に付いていくわけで負担は大きい。熱が出てもいつものクスリは飲ませたところ、どんどん意識が悪化し、手足にも力が入らなくなった。ありゃこれは頭の血管でも詰まったか、ということで家族を押し切って救急搬送。

意識障害の鑑別のイロハである血糖測定で、36mg/dlとかなりの低血糖をみとめ、ブドウ糖注射で復活。画像検査では異常なく、内分泌系にも問題なく、採血したらジソピラミドが高い値を叩き出していた。やっぱり発熱で汗をかいて脱水になり、薬物の血中濃度が上がってしまった結果、低血糖をきたした可能性があった。

90代の寝たきり老人で、どこまで治療するのが適切なのかはわからないが、治療したら効果判定のために採血だなんだと負担がつきまとう。受診させるのも一苦労だ。介護タクシーでちょっと移動するだけで何万円とかかる。病院での待ち時間は自費でヘルパーを雇う必要があるそうだし、金銭的にも家族にとってきっつい。

私個人としては、あんまり頑張らなくていいんじゃないか、という家族の本音を聞き出してあっさりとした治療に留めるんだが、夜に看護師がいない時間帯の介護施設だと、まじめな介護士が119番をコールすることもあり、なんだかもやもやする結末となった。

こないだの地方会で、超高齢者がインフルエンザで脱水になり、ジソピラミドで低血糖、という症例報告があったので、似たようなケースをふと思い出したので書いてみた。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。

2018年6月20日水曜日

アジ化ナトリウム

古くは車のエアバッグに使われていたアジ化ナトリウム。

爆発させてみた実験画像はこちら。
https://io9.gizmodo.com/sodium-azide-is-the-nastiest-chemical-that-ever-saved-l-1694952138

2014年にも京都工芸繊維大学で爆発事故が起きています。アジ化物を作るためにフラスコで試薬を加熱していたところ爆発し、学生が重軽傷を負いました。化学者も気をつけて扱うそうです。わたしも院生の頃、技官の先生に厳しく指導された思い出があります。

塩や水溶液が金属と接触すると爆発するおそれがあるため、プラスチックの密閉容器に保管します。廃液を下水道に流してはいけません。配管の金属と接触して爆発されても困りますからね。

溶液や塩に酸を加えると、シアン化水素と同様に毒性の高い、アジ化水素ガス(HN3)を生成します。また、水に溶かして摂取すると、腸管から吸収されます。血圧低下や激しい頭痛が生じます。1gでも致死的になることがあります。


メカニズム的には、細胞内のミトコンドリアが障害されて酸素が使えなくなることにより、いわば細胞が窒息します。とりわけ脳や心筋など酸素が最も必要な臓器がダメージを受けます。低血圧やショック、呼吸不全を引き起こし、比較的穏やかに死ねるといわれています。解毒剤は知られていません。

こんなやばいアジ化ナトリウムですが、かつては法の規制が緩かったので、防腐剤として、いたるところで使われていました。毒性の割に管理がザルかったので、飲み物が入ったポットに放り込んで、知らない人達に毒入りのお茶なんかを飲ませて、集団で薬物中毒に陥れることもありました。国立宇多野病院の事件とかが有名ですね。今は毒物に指定されていて入手も困難ですが。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s



2018年6月16日土曜日

合法的に死なせてもらう


医師が「死んでも仕方ない」と考えながら死に至る薬を投与することは、犯罪です。日本だと自殺幇助あるいは殺人罪に問われます。しかし、たとえば鎮痛薬を徐々に徐々に増やしていくというやり方だと、犯罪になることはありません。「安楽死のための法律」が存在しない日本ですが、いわば合法的に安楽死が可能です。 

つまり、「速効性のある安楽死は犯罪だけど、ゆっくり安楽死させるのは罪に問われない」 


この抜け穴を駆使して、医師が患者の死を早めるために麻薬が便利です。国が認めた医薬品には「添付文書」というものがついています。取扱説明書ですね。この中で、効能効果というのが書いてあり、医師はその目的で薬を使うことが許されています。どんな薬も効果と副作用があり、メリットが上回る範囲で使います。麻薬だと、痛みを和らげるためというのが本来の使い方です。が、量が増えてくると死の原因にもなります。 


ぶっちゃけた話、鎮痛や苦痛緩和の目的を達成するために合理的であれば、不幸な結果が出たとしても医者は保護されます。犯罪にも問われません。   


  目的:痛みを取り除きたい 

 方法:鎮痛のために麻薬を使った 
 結果:呼吸不全で死亡
 考察:麻薬を使っても通常量では鎮痛が得られないため、かなりの高用量を投与することとなった。結果的に死亡したが、本人に説明して了承を得たうえで苦痛緩和を目的としたものであり、判断と行為は正当化される。

これなら筋が通ります。
たとえ医者の本音が、このようであったとしてもです。

  目的:苦痛がひどく、本人から死なせてくれと哀願されたため、願いを叶えたい

→ 方法:鎮痛のために麻薬を徐々に増量した
→ 結果:呼吸不全で死亡
→ 考察:外形上は上のケースと同じ。

「苦痛緩和の目的」という外形であるならば、「痛みの治療にかこつけて、早く死なせて耐えがたい苦痛から解放してやろう」という意図があったかどうかは、医師の内心の問題ですので、誰かに言わなければわからないでしょう。

じゃあサイコパスの医者が、麻薬を乱発して患者の大量虐殺を図るようなケースはないのか、と心配に思う方もいるかも知れません。薬剤師や看護師などの専門職が幾重にもチェックをしますので、まずもって起こりえないと思います。

とはいえ、心身ともに死んでしまいたいほどつらい苦痛を抱えている方は、まずは、各地にいる在宅医療や緩和ケアの専門医に相談するといいと思います。死ぬほどつらい痛みでも、薬でどうにかなることも多いので。


日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
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2018年6月8日金曜日

死ぬマシン

産経新聞にこんな記事がありました。(2018年5月31日)

世界初“安楽死マシン”と、「長生き悔やみ」安楽死した104歳学者が突きつける現実

https://www.sankei.com/west/news/180531/wst1805310038-n1.html

  (引用)
死にたい人は、この機械の中(カプセルのようになった部分)に入り、ボタンを押すと、内部に液体窒素が充満し、酸素濃度が5%に低下。中の人は約1分で意識を失い、約5分後に死亡するというのです…。
引用終わり)

この自殺マシン、2019年には設計図がダウンロードできて、世界各地の3Dプリンターで印刷して組み立てられるようになるというのです。「これを使って、じゃあ俺も」という人がいるかも知れませんが、液体窒素なんか使ってるものですから、実質的に日本では使い物になりません。そこらへんをお話します。


この安楽死推進団体は、「たった4Lの液体窒素があれば十分」といいます。液体窒素1Lが千円ぐらいだそうですが、きっちり4L量ってもらったとして、販売店から液体窒素を買ってくる間に蒸発してなくなってしまうでしょう。販売店からの距離にもよるのでしょうが、最低ラインは10L以上じゃないでしょうか。


運ぶときの入れ物も、断熱がしっかりしたデュワー瓶やステンレスビーカー、特殊な魔法瓶じゃなくてはいけません。これも価格帯が10万円以上です。値が張るので、頼めば販売店でレンタルしてくれるところもあります。ただ、自殺に使われたとあっては、警察が自殺幇助の容疑で捜査開始するでしょうし、証拠品として押収してしまうでしょう。となると親切で貸してくれた人にも多大な迷惑をかけますから、自分で買いそろえるべきでしょう。液体窒素をお店から買ってきたとして、その容器からマシンに注入するために、詰め替えに使う耐寒手袋だって5万円以上するようですから、かなりの出費を覚悟しましょう。


ちなみに、窒素は安定なガスなので毒性はありません。このマシンを使うと、低酸素血症、いわゆる酸欠で逝くわけです。


酸素濃度  一般に言われる人体への影響

21%   通常の空気の状態
18%   安全限界だが連続換気が必要( 関係者以外立ち入り禁止)
16%   頭痛、吐き気
12%   めまい、筋力低下
 8%   失神昏倒、7~8分以内に死亡
 6%   瞬時に昏倒、呼吸停止、死亡
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/040325-3a.pdf#search=%27酸欠%27

この自殺マシン、ボタンを押すと4Lの液体窒素が気化して、このおしゃれな棺桶に3000Lの気体の窒素が充満して低酸素で死ぬという寸法です。


理屈がシンプルならば、わざわざこんな機械に頼らなくても、自分の車を棺桶にしたほうがまだ現実的というものです。どうしたらよいでしょうか。


閉鎖空間中の酸素濃度を下げるならば、ドライアイスが無難じゃないですか。これから暑くなりますしね。amazonでも売ってますけど、手に入れるには、気化してドライアイスが小さくなったり、最悪の場合はすっかり揮発してなくなってしまうかはもしれないので、近くの店で買いたいところです。

ドライアイスの形にもいろいろあって、おなじみレンガ状の「ブロック」、少し小さい「アイス」、文字通りの「ミニナゲット」、パウダー状の「スノー」があるようです。
細かい雪のようなスノーが揮発しやすく便利ですが、買った後ですみやかに揮発してしまいそうですから、ブロックで買ってきて車内でがりがり砕くのがいいでしょう。冷たくて硬いので、軍手とアイスピックはくれぐれもお忘れなく。


また、炭酸ガスは不燃性で、燃焼を妨げる効果があるため消火器にも使われます。
メーカーのうたい文句はこんな感じです。
【お掃除が不要】二酸化炭素は放出後に気化。後に何も残らず使用後の汚れなし。
【化学変化なし】不活性ガスで金属・電気機器類・油類などに化学変化なし。
【維持管理が簡単】通常の保管で経年による変質がほとんどなく、維持管理が容易。
【感電の心配なし】高い電気絶縁性。

消化器としてはいいことづくめですが、粉末が飛び出す普通の消化器よりは若干お高めです。


液体の炭酸ガスが詰まった消火器をワゴンRの車内で噴射したとします。
7型消火器に詰まっている炭酸ガスは3.2kgなので、全量が気化すれば、
3.2kg/ 44.0g/mol × 22.4L/mol 1.629

軽自動車からのガスの出入りがないものとし、圧力上昇など細かいパラメータは一切無視すると、
発生した炭酸ガス1.629 /(車室の空気4.199㎥+発生した炭酸ガス1.629㎥)
1.629/5.82827.95%

と大幅に致死量を超えます。息を大きく吸い込めば、高濃度の炭酸ガスと低酸素のダブルパンチで一挙に昏倒し、そのまま逝ってしまいます。ドライアイスを買い集める手間よりは楽です。安全ピンを抜いてノズル(炭酸ガス消火器では先っちょのことをホーンと呼ぶそうです)を握りしめて、床に向けて噴射するだけです。



途中で救出されると、低酸素脳症でいわゆる植物状態になりますので、決して見つかってはなりません。そもそも死ぬほどつらくなったら精神科に相談することをおすすめします。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。

聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s