2018年7月18日水曜日

Hey,Siri

男性死亡 尻に空気、死因は窒息 茨城県警
毎日新聞2018年7月17日 09時34分(最終更新 7月17日 09時51分)

茨城県龍ケ崎市で13日、エアコンプレッサーを使って尻から空気を入れられた千葉県柏市の会社員、石丸秋夫さん(46)が亡くなった事件で、茨城県警竜ケ崎署は司法解剖の結果、死因は窒息と判明したと発表した。
同署によると、石丸さんは肛門から空気を入れられたことで内臓を損傷。内臓から漏れた空気が体内にたまり肺を圧迫したという。
同署は14日、傷害致死の疑いで、同僚で同県つくば市の会社員、吉田佳志容疑者(34)を逮捕。吉田容疑者は「いたずらのつもりでやった」と容疑を認めているという。

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こういう業務用のアイテムを使って、人が死んでしまう事件はよく起こりますね。
決まって「いたずら」だとか「冗談」のつもりだというのが、定番の言い訳です。
シャレで殺されてしまっては目も当てられませんが。


さて、「ケツから空気が入ったのに窒息?」と首をひねる方もいるでしょう。
どういうメカニズムで死んでしまったのかを邪推します。

エアホースの先が尖っているものは、エアガンと呼ばれます。

 
(出典 https://www.monotaro.com/g/01253991/)

ゴミや水分を吹き飛ばすのにすごい威力を発揮します。エアホースはただでさえすごい風圧ですが、その先端が尖っていますから圧力がさらに高まります。庭に水を撒くホースを想像しましょう。先を指で押しつぶせば遠くまで水が飛びますね。内腔が狭まって圧が高まるわけです。現場では作業服を着ていたのでしょうが、エアガンでは厚手の作業着も目じゃないぐらいの風圧がかかります。

「ケツの穴をきゅっと締めたら空気なんて入んないだろ?」という考えもあるかもしれません。その圧力は70歳未満だとこんなかんじです。

最大静止圧 男性:87.0-138.2 cmH2O / 女性: 68.5-125.5 cmH2O
最大随意圧 男性:234.6-528.4 cmH2O / 女性:136.5-327.5 cmH2O

(出典:社会医療法人社団 高野会 大腸肛門病センター高野病院

一方で、エアガンの圧はモノタロウのサイトでは、最高使用圧力0.6MPa(=6118.3cmH2O)、空気使用量610L/minとあります。


その差は歴然です。高圧の空気をエアガンでかけられて、「おい、やめろ!」とお尻の穴をキュッと目一杯締めたとしても、ケツの圧の10倍以上の圧力で空気が注入されます。当然ケツの穴から大量の空気が入ってきます。

入ってきた空気は肛門を突破して直腸へ行き、直腸からS状結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸と逆流していきます。パンパンに膨れた大腸ではおさまりがつかなくなった空気は、回盲部を突破して小腸に流れ込みます。

膨れた腸管っていうのは医療関係者じゃないとなかなかイメージがわかないかもしれません。身近な腸管があります。ソーセージです。羊の腸に詰めたものがウインナー、豚の腸だとフランクフルトです。グロいというのなら、バルーンアートを思い出してください。

空気でパンパンになった腸管のイメージにぴったりだと思います。

おそらく、容疑者は嫌がる被害者の反応を面白がって、ガンガン空気を吹きかけたことでしょう。わずか一分でも最大で数百リットル、肛門にジャストミートしなかったとしても、数十リットルは腸管に空気が入ったと考えられます。


よくネット広告で出てくる、腸内に長年へばりついている「宿便」というものは医学的には存在しませんが、頑固な便秘で便がたまったとしてもせいぜい数リットルでしょう。すでに腸管の限界を超えます。風船だと余裕で破れます。腸管もたちまち破裂するでしょう。


老人だと腸に行く血管が詰まったりして腸が腐り、穴が開くこともしばしばです。腹の中にウンコがばらまかれて腹膜炎になります。「ウンペリで緊急オペです」と麻酔科ローテ中に呼ばれたのが思い出されます。ちなみに、ウンコのパンペリ(汎発性腹膜炎)のことです。穴を塞がないと死にますから、緊急手術です。開腹したら手術室にウンコの匂いが充満します。その中で腐った腸を切って元通りつなぎ、腹腔をしっかり洗って手術が終了します。外科医というのはドラマでは格好よく描かれていますが、こういう地道な仕事もきっちりこなしているのです。


さて、このケースの場合には腸が破れ、空気が腸の外に漏れます。腸の外ですが、腹の皮の中です。ナイフで刺されたとか、よっぽどのことがないと、腹の皮膚までは破れはしません。結構伸びますからね。腹水が10L以上貯まっている患者さんも見ます。おそらく司法解剖では、腹にメスを入れた途端、大量の空気がぷしゅーと抜けたことでしょう。


漏れた空気でパンパンになった腹は、横隔膜を押し上げます。息を吸うには肺を広げなければなりませんが、横隔膜を下げて息を吸うスペースがありません。息が吸えなければ吐けませんから、当然呼吸ができず、苦しみます。悶絶しながら数分のうちに絶命します。

容疑者のいたずらによって、何が起こっているのかよくわからないうちに、腹がぱんぱんになり、パニックになっているうちに呼吸が止まって死んでしまったという、あんまりな展開ではないでしょうか。
救命するためには、腹にカッターでも突き刺して空気を逃してやればよかったのかもしれません。感染症は避けられませんが、死ぬよりマシだろうとは思います。

それにしても、扱っているものの危険性を理解できない人や、おもちゃ代わりにして他人に迷惑をかけてしまう幼稚な人には、危険なものを使わせてはいけないのでしょうね。



日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

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