2017年4月30日日曜日
点滴エレジー
● お気軽に「点滴してください」という家族
老衰で食えなくなった老人に家族が望むことで、一番多いのが点滴だと思う。なぜかと問うと、「食べられないのは可哀想だから何かしてあげたい」という。家族の気持ちも分からなくはないが、自分はオススメしない。
なにより点滴はストレスだ。靴下を履いたまま布団に入った時の違和感といえばわかるだろうか。寝ている間に無意識で足でこすって脱いでしまう。老人でも同様に点滴を抜かれてしまうことが多い。管は血管に刺さっている部分以外は、テープやフィルムを貼って皮膚に留めているだけなので、体を動かせば当然抜ける。刺激のない入院生活でただでさえ前後不覚に陥っているのに、夜中に寝ぼけたような状態で、手や足に点滴が刺さっている事を意識もせずに動いたら、点滴の管を引っ掛けて針ごと抜けるのは当たり前。
抜けたら血が出て大変なのでは、とよく聞かれる。まあ、基本的には抜けた針穴にバンソウコウでも貼って何分か圧迫しておけば止まる。血が固まりにくくなる血液疾患などで、凝固因子や血小板がべらぼうに減っていたら大量出血するかもしれないが、そういう人は単なる老衰ではないので、しかるべき診療科の病棟に入院しているだろう。
よく血まみれになるのは、点滴の針が残ったまま、途中で点滴の管どうしの接続が外れているケースだ。点滴の針が入っているのは静脈だ。動脈に点滴することはないわけではないが、老衰の人で動脈に点滴をすることはない。静脈は動脈に比べて圧力が低いとはいえ、血が流れている血管なので血が出てくるのはあたりまえだ。
認知症の老人だと、点滴の管を引きちぎり、針は刺さったまま途中の管が外れ、それをプラプラとぶらさげて徘徊したりする。(引きちぎりと形容したが、正しくは点滴の管同士をつなぐコネクタ部分が外れる)。点滴の管(ラインという)が真っ赤に染まり、徘徊したあとにポタポタと赤い滴が床に連なっているのは、医療業界に身を置くものなら何度も目にする光景だ。ブンブン振り回せば、遠心力で脱水されて血があたり一面に飛びちる。そうでなくても、寝てる間に点滴を自分で外して、翌朝真っ赤になったシーツを発見されることもある。掃除が大変だなーとか思う前に、失血死のリスクが頭に浮かぶわけだが・・。
「点滴してほしい」という家族に応えると、下手すれば失血死で患者を死なせてしまう恐れがあるわけだ。
●血管がない
針を刺せる血管が無くなるという問題もある。老人に無理やり点滴すれば手足がむくむ。自分で飲み食いできなくなった老人は、心臓も悪いし腎機能も落ちている。補液した水分が尿として出ていかないので、点滴すればするほど余計な水分が体にたまる。余計な水は胸水や腹水として体の内部にたまることもあるが、手足に水が溜まりやすい。骨や筋肉に囲まれていないので空間に余裕があるためだ。
横道にそれるが、乳がんの術後にリンパ浮腫で手足がパンパンにはれあがった女性の苦悩を聞いたことがあるだろうか。リンパ管を流れて心臓に戻っていた水分が、手術でリンパ節をとったために行き先を失って手や足が腫れてしまう。水分で手足の重量がふえて、思うように動かせないという。
溜まった水分によって、ただでさえ薄い皮膚が延ばされるうえ、水びたしになっているのでテカテカになる。ぶよぶよになり、指で押せば指の形がしばらくキープされるほどだ。水ようかんと私は説明している。子供の頃に砂場で作った、ぴかぴかの泥だんごにも似ているかもしれない。
点滴する血管を探すために、駆血帯というゴム管などを使う。心臓に帰る血液の流れを止めることで、静脈がパンパンに膨れてくるので、そこをめがけて針を刺すという原理だ。
ところが、ブヨブヨの手足を縛ったところで、血管が浮き上がってくるわけはない。縛ったところから水が絞り出されて凹み、ゴムの痕が一筋つくだけだ。血管を締め上げる効果はない。ヤケクソになって水分でパンパンの手足に針を刺すと、水分が染み出してくるだけで血管に針が刺さることは望めない。
●「食べられないのは寿命ってことですよ」
厳しい現実を家族には理解いただくのは難しい。「こんな有様ですが、点滴するんですか?本当にそれでいいんですか?」と説明して意向を聞くのだが、粘り腰の家族もいる。
「じゃあ、血管じゃないところに点滴できないんですか」
その方法もなくはない。皮下補液とか皮下点滴とかいわれるもので、血管ではなくて皮膚に針を刺すものだ。皮下組織といういわゆる皮下脂肪に針を刺す。血管にダイレクトに水分を入れることはできないが、皮下の毛細血管から水分をゆっくりと吸収することはできる。
一見良さそうだが、1日に500mlとか1ℓがせいぜいだ。また、糖分が入った点滴は皮下に炎症や痛みを起こすので普通は使わない。水分をほんのり点滴する程度だが、脱水症の緩和には使えるというわけだ。
ただ、老衰で自分で食事を食わなくなった老人に、点滴をしたからといってどれほどの延命効果が期待できるだろうか。多少の水分のみを与えられ、生きてはいるが日増しにしなびていく肉親をみると、かえって辛いという家族も少なくない。ガリガリに痩せた親を見るのが辛いとして、面会の足が遠のくのはよくある光景だ。
そうはいっても、どんどん弱っていって死亡宣告したあとで、「こんなになるまで無理やり生かしたお前らはひどい」と怒られることもある。人それぞれに考えがあるのだから、何がベストなのかはよくわからないが、家族の気の済むまで老人に医療行為を施し続けるのはいかがかものかと私は思う。
「あきらめたらそこで試合終了だよ」というスラムダンク・安西先生の名言は医療では当てはまらないと思うんだが。
2016年11月11日金曜日
薬で出血
ありふれた薬でも誤嚥して気管支に落ちたりすれば、深刻なダメージが起きて死にいたることもあるというのは、前回のエントリーで述べた。そして誤嚥で死んでもほとんど精査もされずに、「老衰」だの「寿命」だのと、適当に処理されてしまうこともお伝えした。
では誤嚥しないまでも、普通に内服していただけで高齢者が死んでしまう薬はあるのか。
ここだけの話、老人にワーファリンを飲ませる量を勝手に増やして、PT-INRが延びるように仕込んだりする家族がいないとも限らない。家族が朝昼晩と薬をセットしていたりするので、勝手に薬の量を増やすこともできるのだ。そうすると、医者から処方された薬は当然早くなくなってしまうが、家族は薬が足りなくなったら、いけしゃーしゃーと外来に来て、処方してもらうのだ。
「薬はおじいちゃんがトイレに流しました」とか「最近ボケて来たので、どっかになくしちゃいました」とか言われたら、医者は「はいはい」と軽く流して処方してしまうのだ。市立病院あたりだと、「そちらが勝手に失くしたのだから健康保険が使えませんよ」というかもしれないが、一粒10円もしない薬を数十粒もらって全額自腹で医療費を払ったところで、値段は知れている。
家で転んで頭を打って意識障害になったとして、救急車を呼んで病院に運びさえすれば、警察が捜査するようなことはまずない。派手な脳出血だと、脳神経外科が手術しても効果が見込めない。神経内科に回されて、血圧の管理などをしたうえで幸いに生き残ったら、どこかの療養病床に転院となるだろう。食事が食えない寝たきり状態になり、胃瘻や中心静脈栄養をしないと決意すれば、手足から点滴で申し訳程度の水分が投与されて、数か月後に衰弱死することになる。
多少脱線したが、食えない老人のワーファリンには注意、なのだ。
では誤嚥しないまでも、普通に内服していただけで高齢者が死んでしまう薬はあるのか。
もちろん、ある。
特に循環器系の薬は危ないかもしれない。
たとえばワーファリン。
エーザイのwebより
いわゆる血をサラサラにする薬で、脳梗塞や心房細動などの患者に処方される。今どきはDOACと呼ばれる新しい薬にシフトしてきているが、1錠10円もしないような安い薬だし、まだ広く使われている。
特に循環器系の薬は危ないかもしれない。
たとえばワーファリン。
エーザイのwebよりいわゆる血をサラサラにする薬で、脳梗塞や心房細動などの患者に処方される。今どきはDOACと呼ばれる新しい薬にシフトしてきているが、1錠10円もしないような安い薬だし、まだ広く使われている。
ちなみに、DOACだが結構値が張るので、正直これはおサイフに結構つらいものがある。
リクシアナ錠60mg 錠だと545.6円だ。
だが、心臓に人工弁が埋め込まれた人などはワーファリン一択だったりもするし、薬効が落ちるので納豆は食べないように言われることでも知られている。納豆に含まれるビタミンKが作用するためだ。
このワーファリンだが、薬効の調整が難しいので定期的に外来を受診して採血し、それをみて投与量を上げ下げすることになる。PT-INRなどが目安だ。たとえば1日の投与量が2mgで開始されても、検査結果が治療に適したレンジにないと、3mgとかに増やされたり、1.5mgに減らされたりする。場合によっては微調整が必要となり、1mg錠を半分に割り、それをさらに半分に割るように医師から指示が出たりして、薬局にイラっとされたりもする。
PT-INRだが、教科書的には次のような人だと延びやすいと書いてある。
A) INR延長しやすい患者の特徴:
高齢者(75歳以上)、ワーファリンの維持量が多い、下痢がある
(B) INR延長し易い/出血リスク高い患者の既往歴:
心不全、腎不全、肝不全、消化管出血、閉塞性黄疸、癌
(C) INR延長し易い/出血しやすい薬(薬剤による相互作用):
アスピリン/クロピドグレル、NSAIDs、アミオダロン、ジルチアゼム、 フェノフィブラート、オメプラゾール、プロプラノロール、タモキシフェ ン、トラマドール、オキシコドン、ABX(シプロフロキサシン、エリス ロマイシン、フルコナゾール、イソニアジド、メトロニダゾール、キニ ジン、ST合剤、ボルコナゾール)
リクシアナ錠60mg 錠だと545.6円だ。
だが、心臓に人工弁が埋め込まれた人などはワーファリン一択だったりもするし、薬効が落ちるので納豆は食べないように言われることでも知られている。納豆に含まれるビタミンKが作用するためだ。
このワーファリンだが、薬効の調整が難しいので定期的に外来を受診して採血し、それをみて投与量を上げ下げすることになる。PT-INRなどが目安だ。たとえば1日の投与量が2mgで開始されても、検査結果が治療に適したレンジにないと、3mgとかに増やされたり、1.5mgに減らされたりする。場合によっては微調整が必要となり、1mg錠を半分に割り、それをさらに半分に割るように医師から指示が出たりして、薬局にイラっとされたりもする。
PT-INRだが、教科書的には次のような人だと延びやすいと書いてある。
A) INR延長しやすい患者の特徴:
高齢者(75歳以上)、ワーファリンの維持量が多い、下痢がある
(B) INR延長し易い/出血リスク高い患者の既往歴:
心不全、腎不全、肝不全、消化管出血、閉塞性黄疸、癌
(C) INR延長し易い/出血しやすい薬(薬剤による相互作用):
アスピリン/クロピドグレル、NSAIDs、アミオダロン、ジルチアゼム、 フェノフィブラート、オメプラゾール、プロプラノロール、タモキシフェ ン、トラマドール、オキシコドン、ABX(シプロフロキサシン、エリス ロマイシン、フルコナゾール、イソニアジド、メトロニダゾール、キニ ジン、ST合剤、ボルコナゾール)
これらにあてはまるような人で、さらに出血のリスクの高い老人は要注意だ。
認知症になると面倒がってメシを食わなくなったりする。そんな人でも家族が律儀に薬を欠かさず飲ませていたりする。心房細動のある高齢者だと普通は2~3前後でコントロールするが、メシもろくに食わないでいる人だと、PT-INRは延びる。5とか6、場合によっては10いくつとかまで延びていたりする。これでケガなんかされたら血が止まらない。
メシも食ってないのでフラフラになった老人が、がんばってトイレに行こうとすると、まあ転ぶ。
転んで頭を打ったらどうなるか。頭皮の血管が切れてでっかいタンコブができるならまだマシな方で、頭蓋内出血でも起こしたら目も当てられない。夜にトイレに起きて転び、気合で布団に戻ってそのまま寝たとしたら、いつのまにか脳出血が広がって、脳を圧迫しそのまま亡くなるかもしれない。
ここだけの話、老人にワーファリンを飲ませる量を勝手に増やして、PT-INRが延びるように仕込んだりする家族がいないとも限らない。家族が朝昼晩と薬をセットしていたりするので、勝手に薬の量を増やすこともできるのだ。そうすると、医者から処方された薬は当然早くなくなってしまうが、家族は薬が足りなくなったら、いけしゃーしゃーと外来に来て、処方してもらうのだ。
「薬はおじいちゃんがトイレに流しました」とか「最近ボケて来たので、どっかになくしちゃいました」とか言われたら、医者は「はいはい」と軽く流して処方してしまうのだ。市立病院あたりだと、「そちらが勝手に失くしたのだから健康保険が使えませんよ」というかもしれないが、一粒10円もしない薬を数十粒もらって全額自腹で医療費を払ったところで、値段は知れている。
家で転んで頭を打って意識障害になったとして、救急車を呼んで病院に運びさえすれば、警察が捜査するようなことはまずない。派手な脳出血だと、脳神経外科が手術しても効果が見込めない。神経内科に回されて、血圧の管理などをしたうえで幸いに生き残ったら、どこかの療養病床に転院となるだろう。食事が食えない寝たきり状態になり、胃瘻や中心静脈栄養をしないと決意すれば、手足から点滴で申し訳程度の水分が投与されて、数か月後に衰弱死することになる。
多少脱線したが、食えない老人のワーファリンには注意、なのだ。
2016年11月7日月曜日
錠剤の誤嚥
高齢者は満足に嚥下することができない。とりわけ脳疾患の既往がある人では、嚥下機能が低下しており、誤嚥の頻度が高くなる。
で、高齢者では気管支に異物を詰まらせるというケースが多い。
ボタン電池を飲み込んだという話は聞く。電池が粘膜に張り付いて、電池の包装が溶けて、中に入ったアルカリ性の溶液が漏れて、の粘膜に穴が開いて、縦隔炎をきたして死ぬ例などもまあある。認知症の老人がボタン電池を使うような小さな器具を必要とするのか、と考えていくと、身の回りから撤去すればよいので、まあこれは避けられるかもしれない。
面倒なのは、老人が飲んでいる薬を誤嚥した時だ。
律儀な老人は、せっせと薬を飲む。嚥下機能が落ちたことも気が付かないで飲んでいたりする。
家族も家族で、「おじいちゃん、薬の時間よ」とせっせと飲ませたりする。老人も期待に応えようとがんばって飲んで誤嚥する。処方した医者側にも問題はないのかといわれればそのとおりかもしれないが、診る患者全員に嚥下機能の評価なんてとても手が回らない。
水に溶けないカプセルが気管支に落ちた場合には、内視鏡で取ればよいのでまだ救いがある。
(気管支学.2011;33:431-434など)
一方、素早い対応が必要なケースもある。老人は「ふらつく」だの「めまいがする」だので病院を受診し、貧血と判明して鉄を含む薬が処方されていることは多い。
これを誤嚥すると、特に著しい粘膜障害をきたす。電池でなくても、粘膜が腐食し、重症肺炎の原因となる。重篤な場合は呼吸不全や大量喀血を来たして死ぬ。 すぐに気管支鏡を突っ込んで摘出するべきだが、認知症が入っていると何がどうなったのかがわからないうちに時間が経過し、死ぬこともあろう。引用した論文だと、診断がついて治療されたケースしか載っていないが、なんだかわからないままに死んでしまい、「謎の肺炎」として闇に埋もれている症例も相当数あるんじゃないだろうか。
===たとえばこんなケース==============
◆病棟で
老人病院の夜。当直医が「先生!〇〇さんが低酸素血症です」とコールを受けた。
聴診器を当ててみるとヒューヒューと音がする。異物がつまった気管支とは知らずに、「wheezesだから喘息発作かな。じゃあ点滴と吸入で」と眠い目でオーダーして、当直医は寝床に戻った。
バイトの当直医は申し送りもそこそこに、翌朝、足早に大学病院に戻った。
どんどん呼吸状態が悪化して、マスクで酸素15Lを要する状態になった。さすがにこれ以上は危険と考えて家族に連絡したが、「もう、うちの爺さんは年なんで、今さら救命センターに運んだりしなくてよいです。静かに看取ってください」と言われ、そのまま他界。
==========================
ちなみに気管支異物を疑うような症状は「咳」「発熱」「喘鳴」「胸痛」など。
老人はありとあらゆる症状が出にくいので、診断が遅れる原因となる。誤嚥でも例外ではない。
胸部レントゲン写真で異物が映れば助かるが、影がばっちり映るような異物は多くない。異物が気道を閉塞して生じる無気肺とか肺炎像、異物のせいで吸い込んだ空気が吐き出せなくなる(=空気が肺にたまっている)air trappingといった所見で間接的に見抜くほかない。
で、高齢者では気管支に異物を詰まらせるというケースが多い。
ボタン電池を飲み込んだという話は聞く。電池が粘膜に張り付いて、電池の包装が溶けて、中に入ったアルカリ性の溶液が漏れて、の粘膜に穴が開いて、縦隔炎をきたして死ぬ例などもまあある。認知症の老人がボタン電池を使うような小さな器具を必要とするのか、と考えていくと、身の回りから撤去すればよいので、まあこれは避けられるかもしれない。
面倒なのは、老人が飲んでいる薬を誤嚥した時だ。
律儀な老人は、せっせと薬を飲む。嚥下機能が落ちたことも気が付かないで飲んでいたりする。
家族も家族で、「おじいちゃん、薬の時間よ」とせっせと飲ませたりする。老人も期待に応えようとがんばって飲んで誤嚥する。処方した医者側にも問題はないのかといわれればそのとおりかもしれないが、診る患者全員に嚥下機能の評価なんてとても手が回らない。
水に溶けないカプセルが気管支に落ちた場合には、内視鏡で取ればよいのでまだ救いがある。
(気管支学.2011;33:431-434など)
一方、素早い対応が必要なケースもある。老人は「ふらつく」だの「めまいがする」だので病院を受診し、貧血と判明して鉄を含む薬が処方されていることは多い。
これを誤嚥すると、特に著しい粘膜障害をきたす。電池でなくても、粘膜が腐食し、重症肺炎の原因となる。重篤な場合は呼吸不全や大量喀血を来たして死ぬ。 すぐに気管支鏡を突っ込んで摘出するべきだが、認知症が入っていると何がどうなったのかがわからないうちに時間が経過し、死ぬこともあろう。引用した論文だと、診断がついて治療されたケースしか載っていないが、なんだかわからないままに死んでしまい、「謎の肺炎」として闇に埋もれている症例も相当数あるんじゃないだろうか。
===たとえばこんなケース==============
◆病棟で
老人病院の夜。当直医が「先生!〇〇さんが低酸素血症です」とコールを受けた。
聴診器を当ててみるとヒューヒューと音がする。異物がつまった気管支とは知らずに、「wheezesだから喘息発作かな。じゃあ点滴と吸入で」と眠い目でオーダーして、当直医は寝床に戻った。
バイトの当直医は申し送りもそこそこに、翌朝、足早に大学病院に戻った。
どんどん呼吸状態が悪化して、マスクで酸素15Lを要する状態になった。さすがにこれ以上は危険と考えて家族に連絡したが、「もう、うちの爺さんは年なんで、今さら救命センターに運んだりしなくてよいです。静かに看取ってください」と言われ、そのまま他界。
==========================
ちなみに気管支異物を疑うような症状は「咳」「発熱」「喘鳴」「胸痛」など。
老人はありとあらゆる症状が出にくいので、診断が遅れる原因となる。誤嚥でも例外ではない。
胸部レントゲン写真で異物が映れば助かるが、影がばっちり映るような異物は多くない。異物が気道を閉塞して生じる無気肺とか肺炎像、異物のせいで吸い込んだ空気が吐き出せなくなる(=空気が肺にたまっている)air trappingといった所見で間接的に見抜くほかない。
2016年10月1日土曜日
なんでも鑑定団
横浜の病院で、点滴に逆性石鹸が混入されて患者が亡くなった、というニュースが連日流れている。私はテレビは見る暇がないので、もっぱらネットだが。
逆性石鹸って何よ、って話はこちらを見ていただこう。
「タンパク質を変性させる作用がある」ので細菌のみならず、人体にも有害なわけだ。
あまりに生々しく殺人の手口を報道しているので、最近は「界面活性剤」云々というふうにトーンが変わっていたが、先日は商品名がそのものずばり出てしまった。
<ヂアミトール>
有効成分 : ベンザルコニウム塩化物
ちなみに、日本で市販されている逆性石鹸のラインナップがこれ。軽くググると出てくる。
報道されている病院は、寝たきり老人がほとんどのようだから、手術なんかする施設じゃないだろう。だから、病棟にあったというのは日常的な手洗い用の濃度なのでしょう。
手洗い用だと0.05%とか0.1%の濃度になる。ちょうどいい濃度の製品だと、手押しポンプが付いていてぷしゅぷしゅ出して使うのだが、それはそれで結構お値段が張るんだそうだ。自分がバイトしたことのある老人病院だと、看護助手さんがせっせと50%溶液を薄めて入れ物に小分けしていたのを思い出す。コストを切り詰めないと経営が回らないんだなあ、と思ったものだ。
犯人ならば、濃度が高いほど殺傷力が高まるんじゃないか、ぐらいのことは誰でも考えるので、もしかしたら、50%原液を点滴に混ぜられてしまったんじゃないだろうか。
メーカーの発表だと、マウスだと静注でのLD50が10mg/kgだという。
ウィキペデイアより「半数致死量(はんすうちしりょう、median lethal dose)とは、物質の急性毒性の指標、致死量の一種としてしばしば使われる数値で、投与した動物の半数が死亡する用量をいう。"Lethal Dose, 50%"を略してLD50と書く」
種差などがあるので、そのまま人間に当てはめるのは科学的ではないが、仮にこの数字を使うとして、寝たきり高齢者で体重40kgだとして、400mgがLD50。
アメリカなんかでの薬物による死刑では致死量の10倍ぐらいを投与するそうだから、犯人ならば、10倍として4000mgは入れるだろう。50%液だから成分量が500mg/ml。ってことはボトルから10mlぐらいをシリンジで吸って、そのまま点滴に混ぜておいたのかもしれない。
お値段が1.56円/mlというから、10ml使っても20円しないんだな。
いわゆるニンニク注射ですら匂いを感じるわけで、こんな臭い消毒薬を点滴されたなら、あの強烈な病院臭に苦しみながら亡くなっていったのだろう。
ちなみに50%液の使い方はこんな感じ。薄めないで人に投与する、しかも点滴に混ぜるだなんて常軌を逸しているとしか思われない。
逆性石鹸って何よ、って話はこちらを見ていただこう。
「タンパク質を変性させる作用がある」ので細菌のみならず、人体にも有害なわけだ。
あまりに生々しく殺人の手口を報道しているので、最近は「界面活性剤」云々というふうにトーンが変わっていたが、先日は商品名がそのものずばり出てしまった。
<ヂアミトール>
有効成分 : ベンザルコニウム塩化物
ちなみに、日本で市販されている逆性石鹸のラインナップがこれ。軽くググると出てくる。
報道されている病院は、寝たきり老人がほとんどのようだから、手術なんかする施設じゃないだろう。だから、病棟にあったというのは日常的な手洗い用の濃度なのでしょう。
手洗い用だと0.05%とか0.1%の濃度になる。ちょうどいい濃度の製品だと、手押しポンプが付いていてぷしゅぷしゅ出して使うのだが、それはそれで結構お値段が張るんだそうだ。自分がバイトしたことのある老人病院だと、看護助手さんがせっせと50%溶液を薄めて入れ物に小分けしていたのを思い出す。コストを切り詰めないと経営が回らないんだなあ、と思ったものだ。
犯人ならば、濃度が高いほど殺傷力が高まるんじゃないか、ぐらいのことは誰でも考えるので、もしかしたら、50%原液を点滴に混ぜられてしまったんじゃないだろうか。
メーカーの発表だと、マウスだと静注でのLD50が10mg/kgだという。
ウィキペデイアより「半数致死量(はんすうちしりょう、median lethal dose)とは、物質の急性毒性の指標、致死量の一種としてしばしば使われる数値で、投与した動物の半数が死亡する用量をいう。"Lethal Dose, 50%"を略してLD50と書く」
種差などがあるので、そのまま人間に当てはめるのは科学的ではないが、仮にこの数字を使うとして、寝たきり高齢者で体重40kgだとして、400mgがLD50。
アメリカなんかでの薬物による死刑では致死量の10倍ぐらいを投与するそうだから、犯人ならば、10倍として4000mgは入れるだろう。50%液だから成分量が500mg/ml。ってことはボトルから10mlぐらいをシリンジで吸って、そのまま点滴に混ぜておいたのかもしれない。
お値段が1.56円/mlというから、10ml使っても20円しないんだな。
いわゆるニンニク注射ですら匂いを感じるわけで、こんな臭い消毒薬を点滴されたなら、あの強烈な病院臭に苦しみながら亡くなっていったのだろう。
ちなみに50%液の使い方はこんな感じ。薄めないで人に投与する、しかも点滴に混ぜるだなんて常軌を逸しているとしか思われない。
| 効能・効果 | 用法・用量 | 本品希釈倍数 |
| 手指・皮膚の消毒 | 通常石けんで十分に洗浄し、水で石けん分を十分に洗い落とした後、ベンザルコニウム塩化物0.05〜0.1%溶液に浸して洗い、滅菌ガーゼあるいは布片で清拭する。術前の手洗の場合には、5〜10分間ブラッシングする。 | 500〜1000倍 |
| 手術部位 (手術野)の皮膚の消毒 | 手術前局所皮膚面をベンザルコニウム塩化物0.1%溶液で約5分間洗い、その後ベンザルコニウム塩化物0.2%溶液を塗布する。 | 0.1%:500倍 0.2%:250倍 |
| 手術部位 (手術野)の粘膜の消毒、皮膚・粘膜の創傷部位の消毒 | ベンザルコニウム塩化物0.01〜0.025%溶液を用いる。 | 2000〜5000倍 |
| 感染皮膚面の消毒 | ベンザルコニウム塩化物0.01%溶液を用いる。 | 5000倍 |
| 医療機器の消毒 | ベンザルコニウム塩化物0.1%溶液に10分間浸漬するか、または厳密に消毒する際は、器具を予め2%炭酸ナトリウム水溶液で洗い、その後ベンザルコニウム塩化物0.1%溶液中で15分間煮沸する。 | 500倍 |
| 手術室・病室・家具・器具・物品などの消毒 | ベンザルコニウム塩化物0.05〜0.2%溶液を布片で塗布・清拭するか、または噴霧する。 | 250〜1000倍 |
| 腟洗浄 | ベンザルコニウム塩化物0.02〜0.05%溶液を用いる。 | 1000〜2500倍 |
| 結膜嚢の洗浄・消毒 | ベンザルコニウム塩化物0.01〜0.05%溶液を用いる。 | 1000〜5000倍 |
2016年9月25日日曜日
2015年12月3日木曜日
酸素で枯らす
◆酸素編
「じゃあ、誰も画面を見ていない時ならやり放題じゃないか」というのは甘い。ボケーッとモニター画面を見続けていられるほど医療現場はヒマではないので、異常があると看護師が携帯しているPHSが鳴るなどの仕掛けがしてあり、異常があれば看護師が飛んでくる。つまりモニターが患者についている間は酸素をオフにするとバレてしまうわけだ。
ならば、モニターを外してもらうにはどうするか。
異変を早く察知するためのモニターは、処置をしなくてよいなら必要ない。
先に述べたとおり、「急変しても何もしないで」という意思表示をしておけばよい。
一応、医療現場での意思決定の責任は医者にある。受け持ちの看護師に伝えても医者に伝わらないこともあるので、医者を捕まえてアピールしておくか、文書でも作って渡しておけばベストだ。
「仕事」を完遂して患者が死亡すれば、看護師や医師が病室にやってくる。その時に患者に装着されているはずの装置が外されていると、大変だ。病院にもよるのだが、「事件か?事故か?」といって警察に届け出がなされてしまうことがある。捜査が始まっては面倒だ。
このやり方だと酸素投与を止めたあとで、つまみをひねって酸素流量を元に戻してさえおけば、なんにも証拠が残らない。これが最大のメリットだ。
壁のパネルに管が刺さっているのを見たことがあるだろう。緑色が酸素の配管だ。古典的なタイプでは、透明な筒の中に玉が浮いている。
その下にあるツマミをひねって玉を一番下に落とすと、酸素の流れは止まり、酸素供給がゼロになる。止める前に、酸素がどれぐらい流れていたかを覚えておこう。「仕事」を完遂した後で、カムフラージュのために玉を元の位置に戻さなければならないからだ。もし患者が急変した時に酸素が止まっていたのなら、医療事故として警察沙汰になってしまう。
酸素を流す量によって、患者に装着されているデバイスは異なる。左右の鼻の穴にささっているタイプを鼻カニューレ(鼻カヌラと呼ぶ人もいる)というが、これだと大した流量ではない。せいぜい5L/分程度なので、酸素をゼロにしてもたちまちクリティカルなダメージになることは少ないだろう。
一方、鼻と口を覆うタイプのマスクでは10L/分ぐらい流せる。さらに顎のところに袋がついたリザーバー付きマスクだと、15L/分まではいける。こうしたマスクが乗っている患者をみたら、酸素の量を見てみよう。ふた桁も流しているようなら、一挙に酸素をオフにすれば効果てきめんだ。
もともと高流量の酸素が投与されている患者では、すでに息も絶え絶えなので、声も出せないことが多い。「苦しい!」とか「やめてくれ!」とか断末魔の叫びも出ないだろう。声は出せなくとも、苦しさに抗おうとしてアドレナリンなどが一気に放出される。このため、一過性に脈拍数が増えたり呼吸数が増えるが、逆に酸素の消費が増えて、残り少ない酸素を使い果たしてしまい、「酸欠」状態に拍車がかかる。
酸素が足りなくなると、先に述べたような下顎呼吸が起こり死に至る。
(1)概要
大量の酸素が必要な状態の人に対し、酸素投与を止める。主要な臓器への酸素供給が低下するため、臓器の機能不全をきたし、死に至る。(2)事前準備
◇モニターを外してもらう
患者は指先に洗濯バサミのような機械を付けられていることがある。酸素飽和度、通称サチュレーションのモニターだ。長いのでこの項では、単にモニターと呼ぶ。これを介して、病室にいる患者からナースステーションのディスプレイに情報が伝送され、看護師が監視している。「じゃあ、誰も画面を見ていない時ならやり放題じゃないか」というのは甘い。ボケーッとモニター画面を見続けていられるほど医療現場はヒマではないので、異常があると看護師が携帯しているPHSが鳴るなどの仕掛けがしてあり、異常があれば看護師が飛んでくる。つまりモニターが患者についている間は酸素をオフにするとバレてしまうわけだ。
ならば、モニターを外してもらうにはどうするか。
異変を早く察知するためのモニターは、処置をしなくてよいなら必要ない。
先に述べたとおり、「急変しても何もしないで」という意思表示をしておけばよい。
一応、医療現場での意思決定の責任は医者にある。受け持ちの看護師に伝えても医者に伝わらないこともあるので、医者を捕まえてアピールしておくか、文書でも作って渡しておけばベストだ。
(3)手法
◇患者にくっついた装置には手を加えない
鼻に刺さっている「鼻カヌラ(カニューレ)」、口や鼻を覆っているおわん型の「マスク」などは決して外してはいけない。「仕事」を完遂して患者が死亡すれば、看護師や医師が病室にやってくる。その時に患者に装着されているはずの装置が外されていると、大変だ。病院にもよるのだが、「事件か?事故か?」といって警察に届け出がなされてしまうことがある。捜査が始まっては面倒だ。
◇酸素のツマミをひねる
酸素を投与する装置はさまざまなタイプがある。人工呼吸器とかNPPV、ネーザルハイフローといった機械の操作は慣れていないと難しいし、酸素流量の記録が残ることも多いのでむやみに手を出すと墓穴を掘る。ここでは、操作が簡単なシンプルな装置にしぼって説明する。このやり方だと酸素投与を止めたあとで、つまみをひねって酸素流量を元に戻してさえおけば、なんにも証拠が残らない。これが最大のメリットだ。
壁のパネルに管が刺さっているのを見たことがあるだろう。緑色が酸素の配管だ。古典的なタイプでは、透明な筒の中に玉が浮いている。
その下にあるツマミをひねって玉を一番下に落とすと、酸素の流れは止まり、酸素供給がゼロになる。止める前に、酸素がどれぐらい流れていたかを覚えておこう。「仕事」を完遂した後で、カムフラージュのために玉を元の位置に戻さなければならないからだ。もし患者が急変した時に酸素が止まっていたのなら、医療事故として警察沙汰になってしまう。
◇酸素中止が効果的な人
酸素を流す量によって、患者に装着されているデバイスは異なる。左右の鼻の穴にささっているタイプを鼻カニューレ(鼻カヌラと呼ぶ人もいる)というが、これだと大した流量ではない。せいぜい5L/分程度なので、酸素をゼロにしてもたちまちクリティカルなダメージになることは少ないだろう。
一方、鼻と口を覆うタイプのマスクでは10L/分ぐらい流せる。さらに顎のところに袋がついたリザーバー付きマスクだと、15L/分まではいける。こうしたマスクが乗っている患者をみたら、酸素の量を見てみよう。ふた桁も流しているようなら、一挙に酸素をオフにすれば効果てきめんだ。
◇酸素を止めたらどうなる
モニターがついていれば、酸素飽和度(サチュレーション)がみるみる下がっていくのがわかるだろう。酸素が入ってこなければ、心臓や脳といった重要臓器への酸素供給が当然落ちていく。酸素の消費量が著しいこうした臓器はたちまち機能が低下し、やがて機能停止に至る。もともと高流量の酸素が投与されている患者では、すでに息も絶え絶えなので、声も出せないことが多い。「苦しい!」とか「やめてくれ!」とか断末魔の叫びも出ないだろう。声は出せなくとも、苦しさに抗おうとしてアドレナリンなどが一気に放出される。このため、一過性に脈拍数が増えたり呼吸数が増えるが、逆に酸素の消費が増えて、残り少ない酸素を使い果たしてしまい、「酸欠」状態に拍車がかかる。
酸素が足りなくなると、先に述べたような下顎呼吸が起こり死に至る。
2015年11月28日土曜日
点滴で枯らす
◆病室という密室
入院中の患者は具合が悪くなっていよいよ亡くなるかも、という状態になると個室に移ることが多い。部屋でずっと付き添っている家族がいると、家族愛を感じて微笑ましい気持ちにもなる。忙しい病棟では、看護師が処置の手伝いやら点滴やらで引っ張りだこなので、ナースコールにすぐ応じることもできないので、家族が患者の身の回りのお世話をしてくれていると非常に助かる。
ところが、こうした「家族愛」と見せかけて、ぼくら医療者も寝首をかかれることがある。看護師や医者の目の届かないところで、家族が入院中の患者、とりわけ高齢者に危害を加えてもバレることは珍しいのだ。さすがに壁に患者の頭をゴッツンゴッツン打ち付けてすごい音がしたとか、ボコボコに殴ってアザだらけにしたとか、なにがしかの証拠が残ればぼくらも気づくが、足がつかないようなプロ級の犯行では見過ごしてしまう。
実際、「あまりにおかしなタイミングで急変して亡くなったので、きっと家族がなにかしたのかもしれない」とスタッフ同士でひそひそ話すような患者さんは確かにいた。裏付けるものがなにもないので、警察に届け出ることはしなかったけれど。
そんな手口をご紹介しよう。
どれも入院中、手のかかる老人を家に連れて帰りたくないから「殺害」したと思われるパターンだ。証拠がないのだから「チーム・バチスタの栄光」なんかよりも巧みである。しかもあの小説のように死亡後に画像を撮っても決してわかることのないのだから、完全犯罪といってよい。
ここではリアリティを出す便宜上、犯罪者側の思考をなぞって記載する。くれぐれも、ぼくがこれまで勤務していた病院のスタッフが入院患者を殺めたわけではないことは強調しておこう。
◆点滴編
(1)概要
もともと心機能が低下している老人に、急速に大量の補液を投与することによって、急性心不全を引き起こし、そのまま死に至らしめたもの。
(2)事前準備
医療従事者だって人間である。なるべく救命のための投薬や蘇生行為などをしないでいてくれるよう、深層意識に働きかけておく。
◇従順な家族を装う
いったん医療者に面倒な家族だと思われると、急変した際にも訴訟リスク回避のために蘇生やら何やらをされてしまう。愛想よく振る舞い、いつも感謝を絶やさない。間違っても「リハビリが足りない。入院前と同じにしてくれなければ連れて帰れない」とゴネたりしない。
◇あらかじめ”DNAR”を依頼
「患者が急変した!」となると、ふつうは医者や看護師のアドレナリンが出まくって、あれこれ医療処置をされてしまう。これを防ぐためにはDNAR(Do not attempt resuscitation「蘇生行為をしません」の意味。DNRともいう。)の意思表示をしておくことが重要だ。
本来は、「心肺停止になっても心臓マッサージなどはいたしません」という意味だが、多くの病院では、「具合が悪くなっても、積極的な治療はしないでそのまま静かに看取ります」の意味で使われている。
カルテに「急変時DNAR」の記載があり、付き添いの家族も「そっとしておいてください」と言えば、具合が悪い患者を発見してしまった医療者も、「家族の希望なので静かに看取りました」と言い訳できる。余計なことがされないで済む。
具体的には、「昇圧薬・強心薬・透析・人工呼吸器は絶対に使わないでください」と言おう。素人っぽく言うならば、「急変した時にはそっと看取ってください」とか「本人が苦しむような延命処置とか、蘇生処置はなにもしないでください」と言えばグッド。
できれば、「本人は元気なときに『延命処置とか蘇生処置はなにもやらないでほしい』って言ってました」と言う意思表示があればベスト。医療者は躊躇せずに天寿を全うしてもらうことができる。そうした意思表示である「リビングウィル」は日本尊厳死協会のサイトを参照願いたい。(http://www.songenshi-kyokai.com/)
◇点滴ラインを抜かせない
病状が回復すれば点滴は抜かれる。そうなると、「仕事」のための点滴が行えなくなる。「点滴ぐらいつづけてもらえませんか。食欲ないので」とスタッフに頼み込んでおく。
短時間で大量の輸液を入れることを考えれば、腕や足に刺さっている細い点滴ラインではやや不安が残る。急速に注入しようとしてかなりの圧力がかかると、血管の外に漏れてしまうことがあるからだ。水分や薬剤などを簡単に注入できるのは、CVこと中心静脈カテーテルだ。結構太いので血管外に漏れる心配はない。ターゲットのどこに点滴が刺さっているかをよく見ておこう。首の横側や鎖骨近辺、あるいは足の付根のどれかに刺さっているとCVラインである。
(3)決行
◇本当の急性期は避ける
医者も看護師も、入院して間もなくの時期が患者への関心が高い。集中力とやる気が高まっている頃でもある。ちょっとした容体の変化でも、写真や採血などをオーダーし、専門医が呼ばれて薬が追加されてしまうので、せっかくの「努力」がふいになる。
◇転院を持ちかけられるような時期で
スタッフの関心が薄れるのは、病状が落ち着いてきた時期だ。治療としてはもうほとんどやることが無くなったが、具合が悪くて長く寝ていたために筋力が落ちて動けなくなった老人。要は、入院している必要はないが、ベッドを塞いでいる老人。このタイプが一番困る。次から次へと救急車が来るような病院であればあるほど、さっさとどこかに行ってもらいたいので、リハビリを受けてくれる施設に順次移ってもらうわけだが、どこも混んでいて、病院に長居される始末。
行き場はともかく、病院からいなくなってもらえればいいので、実は転院するか、転院前に死亡するかはあまり大きな違いではない。むしろ他の施設に移るとなると紹介状を書いたり、家族や相手方との面談をセットしたりとやりとりが発生して、病院スタッフはめんどくさい。表には出さなくとも「いっそ突然死んでくれないか」と思っているスタッフもいるだろう。
◇土日の夜中がベスト
医者や看護師が頻繁に病室に出入りする時間帯は避ける。日中とくに午前中は、医者の回診や体を拭いたり点滴をしたりという看護ケアの時間であり、バレてしまう可能性が高い。平日の午前中にはルーチンで採血などが入れられることがあり、採血の異常に気づいた医者が余計なことをするかもしれない。
したがって医者がめったに来ず、看護師の配置が少ない時間帯がよい。土日祝日はもともと看護師が少ないから狙い目だ。深夜勤(深夜1時頃~未明)の時間帯がベストだ。だが、たいていの病院では、深夜0時半~1時ぐらいが申し送りの時間だ。この間に準夜勤と深夜勤の看護師の両方が病棟にいる。夜であってもマンパワーが充実しているこの時間帯を避けると良いだろう。
(4)手法
◇脱水にしておく
補液で心不全を起こすには、心臓の収縮力を超えた大量の液体が血管内にたまっている必要がある。腎機能が良ければ投与した液体がすぐに排泄されてしまう。すぐにといってもそれなりに時間はかかるのだが。さらに腎不全の状態ならば、体に入れた液体が尿となって出て行くまでの時間をいっそう稼ぐことができる。大量の急速輸液によって心不全になる可能性を高めることができるといえよう。
腎不全のうちでも比較的カンタンに起こるのが、腎前性腎不全だ。腎臓に達する血流が減るタイプで、腎臓がダメージを受けて尿量が減る。決行する前日にでも利尿薬、比較的手に入りやすいラシックス®の錠剤なんかを飲ませておくといいだろう。
尿が大量に出るので、脱水にするのはたやすいが、尿量測定をしている場合だと、尿量が不自然に増減したら担当の看護師にバレてしまう。足りない分は尿バッグに水道水でも入れて薄めておけば良い。尿が1日1500mlも出ていれば、急性腎不全を疑われることは少ないだろう。そもそも検査も診察もろくにされないような、「放置キャラ」の患者にしておくことが重要なのだ。先に述べた「DNAR」の申し出がここで効いてくる。
◇5分で500mlがミニマム
ビールの一気飲みで中ジョッキ2杯だと、1Lぐらいだろうか。量が同じぐらいでも胃袋に貯まるのと、ダイレクトに血管の中に水が入るのとでは大きな違いだ。この量を5~10分で血管内に注ぎ込めば、心臓は急激な水分の増加に耐え切れずにパンクする。心臓が風船みたいに破裂するわけではないが、老人ではこの程度でも血液を循環させるという機能が破綻する。
しかも生理食塩液(通称:生食(セーショク))には塩分が含まれているので、浸透圧も手伝って心不全が急激に悪化する。あふれた水が肺にたまり、肺水腫となる。肺が水を吸ったスポンジみたいに水浸しになっている状態だ。有効な換気ができなくなる。こうなった場合、何も治療をしなければ、心不全・呼吸不全で息を引き取ることになる。
ちなみに大量の補液を必要とする病気の1つに敗血症がある。救命センターで扱うような重篤な病気だ。血圧が下がるので、厳重な管理のもとで大量の輸液をするとはいえ、1000~1500mlを入れるのにさすがに30分はかける。桁違いに急速に輸液をすれば、人体の調節機能が追いつかないという証左である。
◇高圧で点滴を入れる
点滴台に吊り下がっている点滴ボトルからは、点滴のコック(クレンメという)を全開で流しても、普通は5分間で500mlも体内に入らない。体内に点滴液を送り込む圧力は、患者の体と点滴台に吊るしてある輸液バッグの高さの差で得られる。加えて静脈には陰圧といって心臓に向かって血液を吸い込む力が働く。
これらを合わせた程度の圧力では輸液のスピードが足りない。無理やり輸液を押し込むためにはポンピングという操作が必要だ。大きな注射器で輸液を吸って、手の力で体へ注入、吸って注入、を繰り返すことになる。
(5)看取り方
◇急変しても何もされないために
看護師の目が届かないところでこうした「仕事」を行ったとしよう。狙い通りに患者の容体が悪化し、血圧や脈拍や酸素飽和度などが突然悪化したとする。看護師もプロなので、患者の状態変化にはつねに目を光らせている。異変を知らせるモニターのアラームが鳴れば、持ち歩いている医療用PHSも連動して鳴るので、病室に飛んでくる。
予想しない状態の悪化を急変と呼ぶ。急変だと医者や看護師の血が騒ぐので、そのまま何もされないことはまれだ。発見した看護師が慌てて、「コードブルー、コードブルー、医師は◯◯◯号室に集合して下さい!」なんて全館放送がかけられて、何十人もの医者が病室にあふれかえる、ということもまれではない。
急変時に医療者はどう振る舞うか。一番困るのは急変時の対応が決まっていない時だ。いわゆるフルコードというやつで、気管挿管、人工呼吸器装着、昇圧薬投与などがあっと言う間に繰り広げられる。みるみるうちに管だらけになってしまう。枯れていく老人にそこまでやりたいと思っている医療者も正直いないだろうが、「どうして見殺しにしたのか!」などと後々になって言ってくる家族もいるので、不測のトラブルを避けるためにはこういう対応にならざるを得ないのだ。
何度も書いている通りでしつこいが、そうした事態を避けて静かに看取ってもらうためには、「DNARでお願いします」あるいは「急変したら、本人が苦しむような蘇生処置とか延命処置は一切やらないでください」と担当医にあらかじめ告げておくことが極めて大事なのだ。
◇どのタイミングで看護師を呼ぶか
あなたが患者に付き添っている家族で、先に述べた「仕事」を行い、医療スタッフに余計な手間をかけさせずに死亡確認をさせ、「仕事」を完遂したいとするとしよう。
蘇生の可能性があろうがなかろうが、あらかじめDNAR(蘇生不要)の方針となっていれば、家族の反対を振りきってまで心臓マッサージだの電気ショックだのを始める医療スタッフはいない。病室に心電図やら呼吸数のモニターがあればそれで心肺停止を確認できるのだが、モニターはナースステーションにもあって、同じ情報が見られる。心拍数が落ちたとか異変があれば看護師が来てくれて、死亡確認が必要となったら医者が呼ばれる。そうなると「あー、誠に残念ですが、◯時◯分ご臨終です。」というお定まりの光景が見られるだろう。
DNARの方針が決まっていなかったりすると、蘇生する可能性が絶対になくても、医療スタッフが押し寄せてきて蘇生処置が行われる。彼らの努力を尻目に高みの見物ということもできるが、あまり気持ちのよいものではないだろう。「おじいちゃんがかわいそうなので、もうその辺で・・」など小芝居を打ってでも適当に止めてほしい。
心電図などのモニターをつけていない病院もある。療養病床というのだが、救急病院から順々に転院させられて、寝たきり老人が行き着く先の終着駅みたいな病院などではありうる。救急病院よりも看護師の数も巡回の頻度も圧倒的に少ないので、ベッドで静かに寝ていると思われた人が、翌朝になったらじつは死んでいて、死後硬直でカチカチになって発見されるということも少なくない。お見舞いに来る親族もおらず、棄てられたような老人ばかりの施設もあり、そこでは「親類の死に目に会えなかった」と文句をいう人は皆無だ。ぼくも大学院の頃にバイトで当直させてもらったことがあるが、当直医として遺族に連絡しても遺体の引取りすら拒否するぐらいなのだから。
横道にそれたが、モニターがつけられていないような施設に入院している場合には、心肺停止と対光反射がないことを確認してから、「なんだか、おじいちゃんの様子がおかしいんです」と難しい顔でナースステーションに歩いて行って、看護師に告げよう。「蘇生処置はしなくてよいです」といえば、だいたい静かに看取ってくれる。
ちなみに脈拍の確認は、成人では頸動脈がよいとされる。自分で試してみるとよいが、のどぼとけの横で拍動しているのが頸動脈だ。これの拍動が無くなるのをみるのだが、一般の人にはわかりにくいと思う。ペンライトで瞳孔を照らしてみて、光が入ると瞳孔が広がるという対光反射がなくなるのを見てもよいが、普通はペンライトなど持っていないだろう。

人が死んだという大きな出来事を前にして、あまり平然としているのも不信感を持たれる。急変して死亡したとしたらなおさらだ。なんだか状態がおかしい、という感じで行くのが無難だ。
◇急変から死亡までの経過
生命が維持できなくなった時、人がどうやって死んでいくのかについて知識がないと、状態が悪化するのをみて動揺してしまうかもしれない。看取った経験のない人は慌てるに違いない。あらかじめ知識があったほうがよい。
急速に大量補液をした場合に予想される経過は、おおむね次のようになるだろう。
・呼吸が苦しくなって、肩で呼吸をするようになる。
・痰の量が増える。心不全を反映して、赤くて水っぽい、泡が混じった痰のこともある。これがみられれば肺水腫が起こっている。
・血圧が下がる。手首で脈を触れなくなれば、そろそろである。
・尿の量が減り、しだいに出なくなる。性器におしっこの管(Foleyカテーテル、尿カテともいう)が入っている人では、バッグにたまっている尿量を見ると良い。全く出なくなれば、もはやカウントダウンが始まる。
・下顎呼吸といって、顎をしゃくるような呼吸が出てくる。この段階ではもう意識はない。苦しむこともないだろう。これが出ると1~2時間で死に至ることが多い。
・やがて呼吸の間隔がどんどん間延びしていく。呼吸回数がどんどん減る。モニターがついていれば、血液中の酸素飽和度が上がらなくなるのがわかる。
・心拍数もがたっと減り、心電図波形に現れる山の数が減っていく。
・呼吸が止まってから心臓が止まる。死ぬことの同義語が「息を引き取る」というくらいなので、息を吸ったまま事切れることが多いようだ。
・最期にため息のような呼吸をする人もいる。別に患者が生き返ったわけでもないし、苦痛を表すものでもない。呼吸や心臓が止まってもしばらくは脳の一部が生きているので、二酸化炭素がある程度貯まると起こる反射だといわれている。動じないことだ。

人が弱って死んでいく通常のプロセスでは、「尿が出ない+下顎呼吸」となれば、余命はせいぜい数時間といったところだ。しかし急速に輸液を注入して、心不全を強制的に起こすのであれば、こうした一連の流れが数分~数十分で起こるのではなかろうか。
入院中の患者は具合が悪くなっていよいよ亡くなるかも、という状態になると個室に移ることが多い。部屋でずっと付き添っている家族がいると、家族愛を感じて微笑ましい気持ちにもなる。忙しい病棟では、看護師が処置の手伝いやら点滴やらで引っ張りだこなので、ナースコールにすぐ応じることもできないので、家族が患者の身の回りのお世話をしてくれていると非常に助かる。
ところが、こうした「家族愛」と見せかけて、ぼくら医療者も寝首をかかれることがある。看護師や医者の目の届かないところで、家族が入院中の患者、とりわけ高齢者に危害を加えてもバレることは珍しいのだ。さすがに壁に患者の頭をゴッツンゴッツン打ち付けてすごい音がしたとか、ボコボコに殴ってアザだらけにしたとか、なにがしかの証拠が残ればぼくらも気づくが、足がつかないようなプロ級の犯行では見過ごしてしまう。
実際、「あまりにおかしなタイミングで急変して亡くなったので、きっと家族がなにかしたのかもしれない」とスタッフ同士でひそひそ話すような患者さんは確かにいた。裏付けるものがなにもないので、警察に届け出ることはしなかったけれど。
そんな手口をご紹介しよう。
どれも入院中、手のかかる老人を家に連れて帰りたくないから「殺害」したと思われるパターンだ。証拠がないのだから「チーム・バチスタの栄光」なんかよりも巧みである。しかもあの小説のように死亡後に画像を撮っても決してわかることのないのだから、完全犯罪といってよい。
ここではリアリティを出す便宜上、犯罪者側の思考をなぞって記載する。くれぐれも、ぼくがこれまで勤務していた病院のスタッフが入院患者を殺めたわけではないことは強調しておこう。
◆点滴編
(1)概要
もともと心機能が低下している老人に、急速に大量の補液を投与することによって、急性心不全を引き起こし、そのまま死に至らしめたもの。
(2)事前準備
医療従事者だって人間である。なるべく救命のための投薬や蘇生行為などをしないでいてくれるよう、深層意識に働きかけておく。
◇従順な家族を装う
いったん医療者に面倒な家族だと思われると、急変した際にも訴訟リスク回避のために蘇生やら何やらをされてしまう。愛想よく振る舞い、いつも感謝を絶やさない。間違っても「リハビリが足りない。入院前と同じにしてくれなければ連れて帰れない」とゴネたりしない。
◇あらかじめ”DNAR”を依頼
「患者が急変した!」となると、ふつうは医者や看護師のアドレナリンが出まくって、あれこれ医療処置をされてしまう。これを防ぐためにはDNAR(Do not attempt resuscitation「蘇生行為をしません」の意味。DNRともいう。)の意思表示をしておくことが重要だ。
本来は、「心肺停止になっても心臓マッサージなどはいたしません」という意味だが、多くの病院では、「具合が悪くなっても、積極的な治療はしないでそのまま静かに看取ります」の意味で使われている。
カルテに「急変時DNAR」の記載があり、付き添いの家族も「そっとしておいてください」と言えば、具合が悪い患者を発見してしまった医療者も、「家族の希望なので静かに看取りました」と言い訳できる。余計なことがされないで済む。
具体的には、「昇圧薬・強心薬・透析・人工呼吸器は絶対に使わないでください」と言おう。素人っぽく言うならば、「急変した時にはそっと看取ってください」とか「本人が苦しむような延命処置とか、蘇生処置はなにもしないでください」と言えばグッド。
できれば、「本人は元気なときに『延命処置とか蘇生処置はなにもやらないでほしい』って言ってました」と言う意思表示があればベスト。医療者は躊躇せずに天寿を全うしてもらうことができる。そうした意思表示である「リビングウィル」は日本尊厳死協会のサイトを参照願いたい。(http://www.songenshi-kyokai.com/)
◇点滴ラインを抜かせない
病状が回復すれば点滴は抜かれる。そうなると、「仕事」のための点滴が行えなくなる。「点滴ぐらいつづけてもらえませんか。食欲ないので」とスタッフに頼み込んでおく。
短時間で大量の輸液を入れることを考えれば、腕や足に刺さっている細い点滴ラインではやや不安が残る。急速に注入しようとしてかなりの圧力がかかると、血管の外に漏れてしまうことがあるからだ。水分や薬剤などを簡単に注入できるのは、CVこと中心静脈カテーテルだ。結構太いので血管外に漏れる心配はない。ターゲットのどこに点滴が刺さっているかをよく見ておこう。首の横側や鎖骨近辺、あるいは足の付根のどれかに刺さっているとCVラインである。
(3)決行
◇本当の急性期は避ける
医者も看護師も、入院して間もなくの時期が患者への関心が高い。集中力とやる気が高まっている頃でもある。ちょっとした容体の変化でも、写真や採血などをオーダーし、専門医が呼ばれて薬が追加されてしまうので、せっかくの「努力」がふいになる。
◇転院を持ちかけられるような時期で
スタッフの関心が薄れるのは、病状が落ち着いてきた時期だ。治療としてはもうほとんどやることが無くなったが、具合が悪くて長く寝ていたために筋力が落ちて動けなくなった老人。要は、入院している必要はないが、ベッドを塞いでいる老人。このタイプが一番困る。次から次へと救急車が来るような病院であればあるほど、さっさとどこかに行ってもらいたいので、リハビリを受けてくれる施設に順次移ってもらうわけだが、どこも混んでいて、病院に長居される始末。
行き場はともかく、病院からいなくなってもらえればいいので、実は転院するか、転院前に死亡するかはあまり大きな違いではない。むしろ他の施設に移るとなると紹介状を書いたり、家族や相手方との面談をセットしたりとやりとりが発生して、病院スタッフはめんどくさい。表には出さなくとも「いっそ突然死んでくれないか」と思っているスタッフもいるだろう。
◇土日の夜中がベスト
医者や看護師が頻繁に病室に出入りする時間帯は避ける。日中とくに午前中は、医者の回診や体を拭いたり点滴をしたりという看護ケアの時間であり、バレてしまう可能性が高い。平日の午前中にはルーチンで採血などが入れられることがあり、採血の異常に気づいた医者が余計なことをするかもしれない。
したがって医者がめったに来ず、看護師の配置が少ない時間帯がよい。土日祝日はもともと看護師が少ないから狙い目だ。深夜勤(深夜1時頃~未明)の時間帯がベストだ。だが、たいていの病院では、深夜0時半~1時ぐらいが申し送りの時間だ。この間に準夜勤と深夜勤の看護師の両方が病棟にいる。夜であってもマンパワーが充実しているこの時間帯を避けると良いだろう。
(4)手法
◇脱水にしておく
補液で心不全を起こすには、心臓の収縮力を超えた大量の液体が血管内にたまっている必要がある。腎機能が良ければ投与した液体がすぐに排泄されてしまう。すぐにといってもそれなりに時間はかかるのだが。さらに腎不全の状態ならば、体に入れた液体が尿となって出て行くまでの時間をいっそう稼ぐことができる。大量の急速輸液によって心不全になる可能性を高めることができるといえよう。
腎不全のうちでも比較的カンタンに起こるのが、腎前性腎不全だ。腎臓に達する血流が減るタイプで、腎臓がダメージを受けて尿量が減る。決行する前日にでも利尿薬、比較的手に入りやすいラシックス®の錠剤なんかを飲ませておくといいだろう。
尿が大量に出るので、脱水にするのはたやすいが、尿量測定をしている場合だと、尿量が不自然に増減したら担当の看護師にバレてしまう。足りない分は尿バッグに水道水でも入れて薄めておけば良い。尿が1日1500mlも出ていれば、急性腎不全を疑われることは少ないだろう。そもそも検査も診察もろくにされないような、「放置キャラ」の患者にしておくことが重要なのだ。先に述べた「DNAR」の申し出がここで効いてくる。
◇5分で500mlがミニマム
ビールの一気飲みで中ジョッキ2杯だと、1Lぐらいだろうか。量が同じぐらいでも胃袋に貯まるのと、ダイレクトに血管の中に水が入るのとでは大きな違いだ。この量を5~10分で血管内に注ぎ込めば、心臓は急激な水分の増加に耐え切れずにパンクする。心臓が風船みたいに破裂するわけではないが、老人ではこの程度でも血液を循環させるという機能が破綻する。
しかも生理食塩液(通称:生食(セーショク))には塩分が含まれているので、浸透圧も手伝って心不全が急激に悪化する。あふれた水が肺にたまり、肺水腫となる。肺が水を吸ったスポンジみたいに水浸しになっている状態だ。有効な換気ができなくなる。こうなった場合、何も治療をしなければ、心不全・呼吸不全で息を引き取ることになる。
ちなみに大量の補液を必要とする病気の1つに敗血症がある。救命センターで扱うような重篤な病気だ。血圧が下がるので、厳重な管理のもとで大量の輸液をするとはいえ、1000~1500mlを入れるのにさすがに30分はかける。桁違いに急速に輸液をすれば、人体の調節機能が追いつかないという証左である。
◇高圧で点滴を入れる
点滴台に吊り下がっている点滴ボトルからは、点滴のコック(クレンメという)を全開で流しても、普通は5分間で500mlも体内に入らない。体内に点滴液を送り込む圧力は、患者の体と点滴台に吊るしてある輸液バッグの高さの差で得られる。加えて静脈には陰圧といって心臓に向かって血液を吸い込む力が働く。
これらを合わせた程度の圧力では輸液のスピードが足りない。無理やり輸液を押し込むためにはポンピングという操作が必要だ。大きな注射器で輸液を吸って、手の力で体へ注入、吸って注入、を繰り返すことになる。
(5)看取り方
◇急変しても何もされないために
看護師の目が届かないところでこうした「仕事」を行ったとしよう。狙い通りに患者の容体が悪化し、血圧や脈拍や酸素飽和度などが突然悪化したとする。看護師もプロなので、患者の状態変化にはつねに目を光らせている。異変を知らせるモニターのアラームが鳴れば、持ち歩いている医療用PHSも連動して鳴るので、病室に飛んでくる。
予想しない状態の悪化を急変と呼ぶ。急変だと医者や看護師の血が騒ぐので、そのまま何もされないことはまれだ。発見した看護師が慌てて、「コードブルー、コードブルー、医師は◯◯◯号室に集合して下さい!」なんて全館放送がかけられて、何十人もの医者が病室にあふれかえる、ということもまれではない。
急変時に医療者はどう振る舞うか。一番困るのは急変時の対応が決まっていない時だ。いわゆるフルコードというやつで、気管挿管、人工呼吸器装着、昇圧薬投与などがあっと言う間に繰り広げられる。みるみるうちに管だらけになってしまう。枯れていく老人にそこまでやりたいと思っている医療者も正直いないだろうが、「どうして見殺しにしたのか!」などと後々になって言ってくる家族もいるので、不測のトラブルを避けるためにはこういう対応にならざるを得ないのだ。
何度も書いている通りでしつこいが、そうした事態を避けて静かに看取ってもらうためには、「DNARでお願いします」あるいは「急変したら、本人が苦しむような蘇生処置とか延命処置は一切やらないでください」と担当医にあらかじめ告げておくことが極めて大事なのだ。
◇どのタイミングで看護師を呼ぶか
あなたが患者に付き添っている家族で、先に述べた「仕事」を行い、医療スタッフに余計な手間をかけさせずに死亡確認をさせ、「仕事」を完遂したいとするとしよう。
蘇生の可能性があろうがなかろうが、あらかじめDNAR(蘇生不要)の方針となっていれば、家族の反対を振りきってまで心臓マッサージだの電気ショックだのを始める医療スタッフはいない。病室に心電図やら呼吸数のモニターがあればそれで心肺停止を確認できるのだが、モニターはナースステーションにもあって、同じ情報が見られる。心拍数が落ちたとか異変があれば看護師が来てくれて、死亡確認が必要となったら医者が呼ばれる。そうなると「あー、誠に残念ですが、◯時◯分ご臨終です。」というお定まりの光景が見られるだろう。
DNARの方針が決まっていなかったりすると、蘇生する可能性が絶対になくても、医療スタッフが押し寄せてきて蘇生処置が行われる。彼らの努力を尻目に高みの見物ということもできるが、あまり気持ちのよいものではないだろう。「おじいちゃんがかわいそうなので、もうその辺で・・」など小芝居を打ってでも適当に止めてほしい。
心電図などのモニターをつけていない病院もある。療養病床というのだが、救急病院から順々に転院させられて、寝たきり老人が行き着く先の終着駅みたいな病院などではありうる。救急病院よりも看護師の数も巡回の頻度も圧倒的に少ないので、ベッドで静かに寝ていると思われた人が、翌朝になったらじつは死んでいて、死後硬直でカチカチになって発見されるということも少なくない。お見舞いに来る親族もおらず、棄てられたような老人ばかりの施設もあり、そこでは「親類の死に目に会えなかった」と文句をいう人は皆無だ。ぼくも大学院の頃にバイトで当直させてもらったことがあるが、当直医として遺族に連絡しても遺体の引取りすら拒否するぐらいなのだから。
横道にそれたが、モニターがつけられていないような施設に入院している場合には、心肺停止と対光反射がないことを確認してから、「なんだか、おじいちゃんの様子がおかしいんです」と難しい顔でナースステーションに歩いて行って、看護師に告げよう。「蘇生処置はしなくてよいです」といえば、だいたい静かに看取ってくれる。
ちなみに脈拍の確認は、成人では頸動脈がよいとされる。自分で試してみるとよいが、のどぼとけの横で拍動しているのが頸動脈だ。これの拍動が無くなるのをみるのだが、一般の人にはわかりにくいと思う。ペンライトで瞳孔を照らしてみて、光が入ると瞳孔が広がるという対光反射がなくなるのを見てもよいが、普通はペンライトなど持っていないだろう。

人が死んだという大きな出来事を前にして、あまり平然としているのも不信感を持たれる。急変して死亡したとしたらなおさらだ。なんだか状態がおかしい、という感じで行くのが無難だ。
◇急変から死亡までの経過
生命が維持できなくなった時、人がどうやって死んでいくのかについて知識がないと、状態が悪化するのをみて動揺してしまうかもしれない。看取った経験のない人は慌てるに違いない。あらかじめ知識があったほうがよい。
急速に大量補液をした場合に予想される経過は、おおむね次のようになるだろう。
・呼吸が苦しくなって、肩で呼吸をするようになる。
・痰の量が増える。心不全を反映して、赤くて水っぽい、泡が混じった痰のこともある。これがみられれば肺水腫が起こっている。
・血圧が下がる。手首で脈を触れなくなれば、そろそろである。
・尿の量が減り、しだいに出なくなる。性器におしっこの管(Foleyカテーテル、尿カテともいう)が入っている人では、バッグにたまっている尿量を見ると良い。全く出なくなれば、もはやカウントダウンが始まる。
・下顎呼吸といって、顎をしゃくるような呼吸が出てくる。この段階ではもう意識はない。苦しむこともないだろう。これが出ると1~2時間で死に至ることが多い。
・やがて呼吸の間隔がどんどん間延びしていく。呼吸回数がどんどん減る。モニターがついていれば、血液中の酸素飽和度が上がらなくなるのがわかる。
・心拍数もがたっと減り、心電図波形に現れる山の数が減っていく。
・呼吸が止まってから心臓が止まる。死ぬことの同義語が「息を引き取る」というくらいなので、息を吸ったまま事切れることが多いようだ。
・最期にため息のような呼吸をする人もいる。別に患者が生き返ったわけでもないし、苦痛を表すものでもない。呼吸や心臓が止まってもしばらくは脳の一部が生きているので、二酸化炭素がある程度貯まると起こる反射だといわれている。動じないことだ。

人が弱って死んでいく通常のプロセスでは、「尿が出ない+下顎呼吸」となれば、余命はせいぜい数時間といったところだ。しかし急速に輸液を注入して、心不全を強制的に起こすのであれば、こうした一連の流れが数分~数十分で起こるのではなかろうか。
登録:
投稿 (Atom)
