2015年11月28日土曜日

点滴で枯らす

◆病室という密室

入院中の患者は具合が悪くなっていよいよ亡くなるかも、という状態になると個室に移ることが多い。部屋でずっと付き添っている家族がいると、家族愛を感じて微笑ましい気持ちにもなる。忙しい病棟では、看護師が処置の手伝いやら点滴やらで引っ張りだこなので、ナースコールにすぐ応じることもできないので、家族が患者の身の回りのお世話をしてくれていると非常に助かる。

ところが、こうした「家族愛」と見せかけて、ぼくら医療者も寝首をかかれることがある。看護師や医者の目の届かないところで、家族が入院中の患者、とりわけ高齢者に危害を加えてもバレることは珍しいのだ。さすがに壁に患者の頭をゴッツンゴッツン打ち付けてすごい音がしたとか、ボコボコに殴ってアザだらけにしたとか、なにがしかの証拠が残ればぼくらも気づくが、足がつかないようなプロ級の犯行では見過ごしてしまう。


実際、「あまりにおかしなタイミングで急変して亡くなったので、きっと家族がなにかしたのかもしれない」とスタッフ同士でひそひそ話すような患者さんは確かにいた。裏付けるものがなにもないので、警察に届け出ることはしなかったけれど。


そんな手口をご紹介しよう。


どれも入院中、手のかかる老人を家に連れて帰りたくないから「殺害」したと思われるパターンだ。証拠がないのだから「チーム・バチスタの栄光」なんかよりも巧みである。しかもあの小説のように死亡後に画像を撮っても決してわかることのないのだから、完全犯罪といってよい。


ここではリアリティを出す便宜上、犯罪者側の思考をなぞって記載する。くれぐれも、ぼくがこれまで勤務していた病院のスタッフが入院患者を殺めたわけではないことは強調しておこう。



◆点滴編

(1)概要
もともと心機能が低下している老人に、急速に大量の補液を投与することによって、急性心不全を引き起こし、そのまま死に至らしめたもの。

(2)事前準備
医療従事者だって人間である。なるべく救命のための投薬や蘇生行為などをしないでいてくれるよう、深層意識に働きかけておく。

◇従順な家族を装う

いったん医療者に面倒な家族だと思われると、急変した際にも訴訟リスク回避のために蘇生やら何やらをされてしまう。愛想よく振る舞い、いつも感謝を絶やさない。間違っても「リハビリが足りない。入院前と同じにしてくれなければ連れて帰れない」とゴネたりしない。


◇あらかじめ”DNAR”を依頼

「患者が急変した!」となると、ふつうは医者や看護師のアドレナリンが出まくって、あれこれ医療処置をされてしまう。これを防ぐためにはDNAR(Do not attempt resuscitation「蘇生行為をしません」の意味。DNRともいう。)の意思表示をしておくことが重要だ。

本来は、「心肺停止になっても心臓マッサージなどはいたしません」という意味だが、多くの病院では、「具合が悪くなっても、積極的な治療はしないでそのまま静かに看取ります」の意味で使われている。

カルテに「急変時DNAR」の記載があり、付き添いの家族も「そっとしておいてください」と言えば、具合が悪い患者を発見してしまった医療者も、「家族の希望なので静かに看取りました」と言い訳できる。余計なことがされないで済む。

具体的には、「昇圧薬・強心薬・透析・人工呼吸器は絶対に使わないでください」と言おう。素人っぽく言うならば、「急変した時にはそっと看取ってください」とか「本人が苦しむような延命処置とか、蘇生処置はなにもしないでください」と言えばグッド。

できれば、「本人は元気なときに『延命処置とか蘇生処置はなにもやらないでほしい』って言ってました」と言う意思表示があればベスト。医療者は躊躇せずに天寿を全うしてもらうことができる。そうした意思表示である「リビングウィル」は日本尊厳死協会のサイトを参照願いたい。(http://www.songenshi-kyokai.com/)


◇点滴ラインを抜かせない

病状が回復すれば点滴は抜かれる。そうなると、「仕事」のための点滴が行えなくなる。「点滴ぐらいつづけてもらえませんか。食欲ないので」とスタッフに頼み込んでおく。

短時間で大量の輸液を入れることを考えれば、腕や足に刺さっている細い点滴ラインではやや不安が残る。急速に注入しようとしてかなりの圧力がかかると、血管の外に漏れてしまうことがあるからだ。水分や薬剤などを簡単に注入できるのは、CVこと中心静脈カテーテルだ。結構太いので血管外に漏れる心配はない。ターゲットのどこに点滴が刺さっているかをよく見ておこう。首の横側や鎖骨近辺、あるいは足の付根のどれかに刺さっているとCVラインである。


(3)決行

◇本当の急性期は避ける

 医者も看護師も、入院して間もなくの時期が患者への関心が高い。集中力とやる気が高まっている頃でもある。ちょっとした容体の変化でも、写真や採血などをオーダーし、専門医が呼ばれて薬が追加されてしまうので、せっかくの「努力」がふいになる。

◇転院を持ちかけられるような時期で

スタッフの関心が薄れるのは、病状が落ち着いてきた時期だ。治療としてはもうほとんどやることが無くなったが、具合が悪くて長く寝ていたために筋力が落ちて動けなくなった老人。要は、入院している必要はないが、ベッドを塞いでいる老人。このタイプが一番困る。次から次へと救急車が来るような病院であればあるほど、さっさとどこかに行ってもらいたいので、リハビリを受けてくれる施設に順次移ってもらうわけだが、どこも混んでいて、病院に長居される始末。

行き場はともかく、病院からいなくなってもらえればいいので、実は転院するか、転院前に死亡するかはあまり大きな違いではない。むしろ他の施設に移るとなると紹介状を書いたり、家族や相手方との面談をセットしたりとやりとりが発生して、病院スタッフはめんどくさい。表には出さなくとも「いっそ突然死んでくれないか」と思っているスタッフもいるだろう。

◇土日の夜中がベスト

 医者や看護師が頻繁に病室に出入りする時間帯は避ける。日中とくに午前中は、医者の回診や体を拭いたり点滴をしたりという看護ケアの時間であり、バレてしまう可能性が高い。平日の午前中にはルーチンで採血などが入れられることがあり、採血の異常に気づいた医者が余計なことをするかもしれない。

したがって医者がめったに来ず、看護師の配置が少ない時間帯がよい。土日祝日はもともと看護師が少ないから狙い目だ。深夜勤(深夜1時頃~未明)の時間帯がベストだ。だが、たいていの病院では、深夜0時半~1時ぐらいが申し送りの時間だ。この間に準夜勤と深夜勤の看護師の両方が病棟にいる。夜であってもマンパワーが充実しているこの時間帯を避けると良いだろう。


(4)手法

◇脱水にしておく

補液で心不全を起こすには、心臓の収縮力を超えた大量の液体が血管内にたまっている必要がある。腎機能が良ければ投与した液体がすぐに排泄されてしまう。すぐにといってもそれなりに時間はかかるのだが。さらに腎不全の状態ならば、体に入れた液体が尿となって出て行くまでの時間をいっそう稼ぐことができる。大量の急速輸液によって心不全になる可能性を高めることができるといえよう。

腎不全のうちでも比較的カンタンに起こるのが、腎前性腎不全だ。腎臓に達する血流が減るタイプで、腎臓がダメージを受けて尿量が減る。決行する前日にでも利尿薬、比較的手に入りやすいラシックス®の錠剤なんかを飲ませておくといいだろう。

尿が大量に出るので、脱水にするのはたやすいが、尿量測定をしている場合だと、尿量が不自然に増減したら担当の看護師にバレてしまう。足りない分は尿バッグに水道水でも入れて薄めておけば良い。尿が1日1500mlも出ていれば、急性腎不全を疑われることは少ないだろう。そもそも検査も診察もろくにされないような、「放置キャラ」の患者にしておくことが重要なのだ。先に述べた「DNAR」の申し出がここで効いてくる。

◇5分で500mlがミニマム

ビールの一気飲みで中ジョッキ2杯だと、1Lぐらいだろうか。量が同じぐらいでも胃袋に貯まるのと、ダイレクトに血管の中に水が入るのとでは大きな違いだ。この量を5~10分で血管内に注ぎ込めば、心臓は急激な水分の増加に耐え切れずにパンクする。心臓が風船みたいに破裂するわけではないが、老人ではこの程度でも血液を循環させるという機能が破綻する。


しかも生理食塩液(通称:生食(セーショク))には塩分が含まれているので、浸透圧も手伝って心不全が急激に悪化する。あふれた水が肺にたまり、肺水腫となる。肺が水を吸ったスポンジみたいに水浸しになっている状態だ。有効な換気ができなくなる。こうなった場合、何も治療をしなければ、心不全・呼吸不全で息を引き取ることになる。


ちなみに大量の補液を必要とする病気の1つに敗血症がある。救命センターで扱うような重篤な病気だ。血圧が下がるので、厳重な管理のもとで大量の輸液をするとはいえ、1000~1500mlを入れるのにさすがに30分はかける。桁違いに急速に輸液をすれば、人体の調節機能が追いつかないという証左である。


◇高圧で点滴を入れる

点滴台に吊り下がっている点滴ボトルからは、点滴のコック(クレンメという)を全開で流しても、普通は5分間で500mlも体内に入らない。体内に点滴液を送り込む圧力は、患者の体と点滴台に吊るしてある輸液バッグの高さの差で得られる。加えて静脈には陰圧といって心臓に向かって血液を吸い込む力が働く。

これらを合わせた程度の圧力では輸液のスピードが足りない。無理やり輸液を押し込むためにはポンピングという操作が必要だ。大きな注射器で輸液を吸って、手の力で体へ注入、吸って注入、を繰り返すことになる。


(5)看取り方

◇急変しても何もされないために

看護師の目が届かないところでこうした「仕事」を行ったとしよう。狙い通りに患者の容体が悪化し、血圧や脈拍や酸素飽和度などが突然悪化したとする。看護師もプロなので、患者の状態変化にはつねに目を光らせている。異変を知らせるモニターのアラームが鳴れば、持ち歩いている医療用PHSも連動して鳴るので、病室に飛んでくる。

予想しない状態の悪化を急変と呼ぶ。急変だと医者や看護師の血が騒ぐので、そのまま何もされないことはまれだ。発見した看護師が慌てて、「コードブルー、コードブルー、医師は◯◯◯号室に集合して下さい!」なんて全館放送がかけられて、何十人もの医者が病室にあふれかえる、ということもまれではない。

急変時に医療者はどう振る舞うか。一番困るのは急変時の対応が決まっていない時だ。いわゆるフルコードというやつで、気管挿管、人工呼吸器装着、昇圧薬投与などがあっと言う間に繰り広げられる。みるみるうちに管だらけになってしまう。枯れていく老人にそこまでやりたいと思っている医療者も正直いないだろうが、「どうして見殺しにしたのか!」などと後々になって言ってくる家族もいるので、不測のトラブルを避けるためにはこういう対応にならざるを得ないのだ。

何度も書いている通りでしつこいが、そうした事態を避けて静かに看取ってもらうためには、「DNARでお願いします」あるいは「急変したら、本人が苦しむような蘇生処置とか延命処置は一切やらないでください」と担当医にあらかじめ告げておくことが極めて大事なのだ。


◇どのタイミングで看護師を呼ぶか

あなたが患者に付き添っている家族で、先に述べた「仕事」を行い、医療スタッフに余計な手間をかけさせずに死亡確認をさせ、「仕事」を完遂したいとするとしよう。

蘇生の可能性があろうがなかろうが、あらかじめDNAR(蘇生不要)の方針となっていれば、家族の反対を振りきってまで心臓マッサージだの電気ショックだのを始める医療スタッフはいない。病室に心電図やら呼吸数のモニターがあればそれで心肺停止を確認できるのだが、モニターはナースステーションにもあって、同じ情報が見られる。心拍数が落ちたとか異変があれば看護師が来てくれて、死亡確認が必要となったら医者が呼ばれる。そうなると「あー、誠に残念ですが、◯時◯分ご臨終です。」というお定まりの光景が見られるだろう。

DNARの方針が決まっていなかったりすると、蘇生する可能性が絶対になくても、医療スタッフが押し寄せてきて蘇生処置が行われる。彼らの努力を尻目に高みの見物ということもできるが、あまり気持ちのよいものではないだろう。「おじいちゃんがかわいそうなので、もうその辺で・・」など小芝居を打ってでも適当に止めてほしい。

心電図などのモニターをつけていない病院もある。療養病床というのだが、救急病院から順々に転院させられて、寝たきり老人が行き着く先の終着駅みたいな病院などではありうる。救急病院よりも看護師の数も巡回の頻度も圧倒的に少ないので、ベッドで静かに寝ていると思われた人が、翌朝になったらじつは死んでいて、死後硬直でカチカチになって発見されるということも少なくない。お見舞いに来る親族もおらず、棄てられたような老人ばかりの施設もあり、そこでは「親類の死に目に会えなかった」と文句をいう人は皆無だ。ぼくも大学院の頃にバイトで当直させてもらったことがあるが、当直医として遺族に連絡しても遺体の引取りすら拒否するぐらいなのだから。

横道にそれたが、モニターがつけられていないような施設に入院している場合には、心肺停止と対光反射がないことを確認してから、「なんだか、おじいちゃんの様子がおかしいんです」と難しい顔でナースステーションに歩いて行って、看護師に告げよう。「蘇生処置はしなくてよいです」といえば、だいたい静かに看取ってくれる。

ちなみに脈拍の確認は、成人では頸動脈がよいとされる。自分で試してみるとよいが、のどぼとけの横で拍動しているのが頸動脈だ。これの拍動が無くなるのをみるのだが、一般の人にはわかりにくいと思う。ペンライトで瞳孔を照らしてみて、光が入ると瞳孔が広がるという対光反射がなくなるのを見てもよいが、普通はペンライトなど持っていないだろう。








人が死んだという大きな出来事を前にして、あまり平然としているのも不信感を持たれる。急変して死亡したとしたらなおさらだ。なんだか状態がおかしい、という感じで行くのが無難だ。



◇急変から死亡までの経過

生命が維持できなくなった時、人がどうやって死んでいくのかについて知識がないと、状態が悪化するのをみて動揺してしまうかもしれない。看取った経験のない人は慌てるに違いない。あらかじめ知識があったほうがよい。

急速に大量補液をした場合に予想される経過は、おおむね次のようになるだろう。

・呼吸が苦しくなって、肩で呼吸をするようになる。

・痰の量が増える。心不全を反映して、赤くて水っぽい、泡が混じった痰のこともある。これがみられれば肺水腫が起こっている。

・血圧が下がる。手首で脈を触れなくなれば、そろそろである。

・尿の量が減り、しだいに出なくなる。性器におしっこの管(Foleyカテーテル、尿カテともいう)が入っている人では、バッグにたまっている尿量を見ると良い。全く出なくなれば、もはやカウントダウンが始まる。

・下顎呼吸といって、顎をしゃくるような呼吸が出てくる。この段階ではもう意識はない。苦しむこともないだろう。これが出ると1~2時間で死に至ることが多い。

・やがて呼吸の間隔がどんどん間延びしていく。呼吸回数がどんどん減る。モニターがついていれば、血液中の酸素飽和度が上がらなくなるのがわかる。

・心拍数もがたっと減り、心電図波形に現れる山の数が減っていく。

・呼吸が止まってから心臓が止まる。死ぬことの同義語が「息を引き取る」というくらいなので、息を吸ったまま事切れることが多いようだ。

・最期にため息のような呼吸をする人もいる。別に患者が生き返ったわけでもないし、苦痛を表すものでもない。呼吸や心臓が止まってもしばらくは脳の一部が生きているので、二酸化炭素がある程度貯まると起こる反射だといわれている。動じないことだ。





人が弱って死んでいく通常のプロセスでは、「尿が出ない+下顎呼吸」となれば、余命はせいぜい数時間といったところだ。しかし急速に輸液を注入して、心不全を強制的に起こすのであれば、こうした一連の流れが数分~数十分で起こるのではなかろうか。