2018年6月21日木曜日

キニジンでジキに

キニジンとジキニンとは全く別のクスリで、前者は不整脈の薬、後者はカゼ薬だ。

筆者の実家は田舎なので病院通いも容易ではなく、親がどこからかもらってきた市販の薬で治したものだが、そのなかにジキニンがいつも入っていたのを思い出す。

CMは岡江久美子が「ジキニンでジキに治って」とにっこり微笑むやつ。学校を休んでほてる身体で毛布にくるまり、昼間っから眠れないのでテレビをつけていると、CMが流れてきて、「じきに治るなら薬いらねえじゃん」と毒づいたものだ。
そんなジキニン、もといキニジンは、Vaughan Williams分類でクラスIaのNaチャネルブロッカー。 心房細動や期外収縮、発作性頻拍などが適応だが、ネットで見る限りは、今どき先発品も売られておらず、I群ならシベノールなどに取って代わられたようだ。

添付文書がこれまたひどい。
> 経口的に投与するが、著明な副作用を有するので、原則として入院させて用いる。

これで21世紀のクスリかよ、言葉を選べよ、よくも承認したなと思うような添付文書だが、販売開始が1956年。日本が国連に復帰した年だそうで、えらい昔なんだから仕方がない。

さてこの辺からが本題。

キニジンが薬剤性QT延長症候群をきたすことは国家試験にも出る知識だ。素人にはおすすめできない薬である。筆者は循環器内科の医者ではないので、不整脈の治療なんか正直おっかないから専門医にぶん投げたい。研修医時代に循環器内科をちょろっとローテートしたが、朝から晩までカテ室に閉じ込められていた経験はほとんど役に立ってない。素人がカテなんかするわけないのだ。

ただまあ、外来に来た患者に不整脈が見つかり、「循環器内科はどこもいつでも混んでいるから行きたくない。専門医でなくてもいいから、ここで治療してほしい」なんて言われた日には、説得を試みた上で、それでも頑固に「循環器内科行かねえ」と拒否られてしまったら、しぶしぶジソピラミドを出してみることもある。非専門医でもわりと使いやすいクスリではある。

で、ちょっと横道にそれるが、介護施設の話。
特養あたりに入所中の高齢者が、なんだかうとうとと寝ている、飯を食わない、元気がないというと、「まあ、おじいちゃんは年だし仕方がないわね」と許してくれる家族ばかりではない。「救急車呼べ、徹底して調べろ、そもそもそうなったのは貴様らの介護がなってないからだ」なんて目を向いて怒り出す人も結構いるのだから、介護職も腰が引けてしまう。クスリを飲んでれば病院まで行かないで済むだろう、と考えるのが人情だ。

いろんな科の診療所でもらったクスリを、誤嚥を来さないように、せっせと飲ませるのだから大変だ。高齢者は飯を食いながら寝てしまったり、クスリを飲むにしても口をけなかったり、首を支える力すら入らなくて、べろーんと後ろにそっくり返ったりして、マンツーマンで時間をかけて飲ませることなり、いつ終わるのか予定がまったく立たず、サービス残業まったなしとなってしまう。過剰なサービスだとは筆者も思うが、介護施設もレッドオーシャンになってきたようで、家族へのサービスを通じて客をつかむという面もあるので苦しいところだろう。


●意識の悪い高齢者

そんな典型的な高齢者が「微熱がある」「なんだか元気が無い」「意識も悪い」ということで家族に報告した。やかましい家族なので細かく連絡することになっていた。「じゃあ病院につれていきましょう」ということになるかと思いきや、家族は「年だしほっといてください。仕事中に抜け出して病院に連れて行くなんてめんどくさいんで」とにべもない。まあ、介護施設ではよくある話。

宵の口なので、病院につれていくにしても、スタッフが張り付いて、いつ呼ばれるともわからない混んでいる救急外来に付いていくわけで負担は大きい。熱が出てもいつものクスリは飲ませたところ、どんどん意識が悪化し、手足にも力が入らなくなった。ありゃこれは頭の血管でも詰まったか、ということで家族を押し切って救急搬送。

意識障害の鑑別のイロハである血糖測定で、36mg/dlとかなりの低血糖をみとめ、ブドウ糖注射で復活。画像検査では異常なく、内分泌系にも問題なく、採血したらジソピラミドが高い値を叩き出していた。やっぱり発熱で汗をかいて脱水になり、薬物の血中濃度が上がってしまった結果、低血糖をきたした可能性があった。

90代の寝たきり老人で、どこまで治療するのが適切なのかはわからないが、治療したら効果判定のために採血だなんだと負担がつきまとう。受診させるのも一苦労だ。介護タクシーでちょっと移動するだけで何万円とかかる。病院での待ち時間は自費でヘルパーを雇う必要があるそうだし、金銭的にも家族にとってきっつい。

私個人としては、あんまり頑張らなくていいんじゃないか、という家族の本音を聞き出してあっさりとした治療に留めるんだが、夜に看護師がいない時間帯の介護施設だと、まじめな介護士が119番をコールすることもあり、なんだかもやもやする結末となった。

こないだの地方会で、超高齢者がインフルエンザで脱水になり、ジソピラミドで低血糖、という症例報告があったので、似たようなケースをふと思い出したので書いてみた。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。

2018年6月20日水曜日

アジ化ナトリウム

古くは車のエアバッグに使われていたアジ化ナトリウム。

爆発させてみた実験画像はこちら。
https://io9.gizmodo.com/sodium-azide-is-the-nastiest-chemical-that-ever-saved-l-1694952138

2014年にも京都工芸繊維大学で爆発事故が起きています。アジ化物を作るためにフラスコで試薬を加熱していたところ爆発し、学生が重軽傷を負いました。化学者も気をつけて扱うそうです。わたしも院生の頃、技官の先生に厳しく指導された思い出があります。

塩や水溶液が金属と接触すると爆発するおそれがあるため、プラスチックの密閉容器に保管します。廃液を下水道に流してはいけません。配管の金属と接触して爆発されても困りますからね。

溶液や塩に酸を加えると、シアン化水素と同様に毒性の高い、アジ化水素ガス(HN3)を生成します。また、水に溶かして摂取すると、腸管から吸収されます。血圧低下や激しい頭痛が生じます。1gでも致死的になることがあります。


メカニズム的には、細胞内のミトコンドリアが障害されて酸素が使えなくなることにより、いわば細胞が窒息します。とりわけ脳や心筋など酸素が最も必要な臓器がダメージを受けます。低血圧やショック、呼吸不全を引き起こし、比較的穏やかに死ねるといわれています。解毒剤は知られていません。

こんなやばいアジ化ナトリウムですが、かつては法の規制が緩かったので、防腐剤として、いたるところで使われていました。毒性の割に管理がザルかったので、飲み物が入ったポットに放り込んで、知らない人達に毒入りのお茶なんかを飲ませて、集団で薬物中毒に陥れることもありました。国立宇多野病院の事件とかが有名ですね。今は毒物に指定されていて入手も困難ですが。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s



2018年6月16日土曜日

合法的に死なせてもらう


医師が「死んでも仕方ない」と考えながら死に至る薬を投与することは、犯罪です。日本だと自殺幇助あるいは殺人罪に問われます。しかし、たとえば鎮痛薬を徐々に徐々に増やしていくというやり方だと、犯罪になることはありません。「安楽死のための法律」が存在しない日本ですが、いわば合法的に安楽死が可能です。 

つまり、「速効性のある安楽死は犯罪だけど、ゆっくり安楽死させるのは罪に問われない」 


この抜け穴を駆使して、医師が患者の死を早めるために麻薬が便利です。国が認めた医薬品には「添付文書」というものがついています。取扱説明書ですね。この中で、効能効果というのが書いてあり、医師はその目的で薬を使うことが許されています。どんな薬も効果と副作用があり、メリットが上回る範囲で使います。麻薬だと、痛みを和らげるためというのが本来の使い方です。が、量が増えてくると死の原因にもなります。 


ぶっちゃけた話、鎮痛や苦痛緩和の目的を達成するために合理的であれば、不幸な結果が出たとしても医者は保護されます。犯罪にも問われません。   


  目的:痛みを取り除きたい 

 方法:鎮痛のために麻薬を使った 
 結果:呼吸不全で死亡
 考察:麻薬を使っても通常量では鎮痛が得られないため、かなりの高用量を投与することとなった。結果的に死亡したが、本人に説明して了承を得たうえで苦痛緩和を目的としたものであり、判断と行為は正当化される。

これなら筋が通ります。
たとえ医者の本音が、このようであったとしてもです。

  目的:苦痛がひどく、本人から死なせてくれと哀願されたため、願いを叶えたい

→ 方法:鎮痛のために麻薬を徐々に増量した
→ 結果:呼吸不全で死亡
→ 考察:外形上は上のケースと同じ。

「苦痛緩和の目的」という外形であるならば、「痛みの治療にかこつけて、早く死なせて耐えがたい苦痛から解放してやろう」という意図があったかどうかは、医師の内心の問題ですので、誰かに言わなければわからないでしょう。

じゃあサイコパスの医者が、麻薬を乱発して患者の大量虐殺を図るようなケースはないのか、と心配に思う方もいるかも知れません。薬剤師や看護師などの専門職が幾重にもチェックをしますので、まずもって起こりえないと思います。

とはいえ、心身ともに死んでしまいたいほどつらい苦痛を抱えている方は、まずは、各地にいる在宅医療や緩和ケアの専門医に相談するといいと思います。死ぬほどつらい痛みでも、薬でどうにかなることも多いので。


日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s

2018年6月8日金曜日

死ぬマシン

産経新聞にこんな記事がありました。(2018年5月31日)

世界初“安楽死マシン”と、「長生き悔やみ」安楽死した104歳学者が突きつける現実

https://www.sankei.com/west/news/180531/wst1805310038-n1.html

  (引用)
死にたい人は、この機械の中(カプセルのようになった部分)に入り、ボタンを押すと、内部に液体窒素が充満し、酸素濃度が5%に低下。中の人は約1分で意識を失い、約5分後に死亡するというのです…。
引用終わり)

この自殺マシン、2019年には設計図がダウンロードできて、世界各地の3Dプリンターで印刷して組み立てられるようになるというのです。「これを使って、じゃあ俺も」という人がいるかも知れませんが、液体窒素なんか使ってるものですから、実質的に日本では使い物になりません。そこらへんをお話します。


この安楽死推進団体は、「たった4Lの液体窒素があれば十分」といいます。液体窒素1Lが千円ぐらいだそうですが、きっちり4L量ってもらったとして、販売店から液体窒素を買ってくる間に蒸発してなくなってしまうでしょう。販売店からの距離にもよるのでしょうが、最低ラインは10L以上じゃないでしょうか。


運ぶときの入れ物も、断熱がしっかりしたデュワー瓶やステンレスビーカー、特殊な魔法瓶じゃなくてはいけません。これも価格帯が10万円以上です。値が張るので、頼めば販売店でレンタルしてくれるところもあります。ただ、自殺に使われたとあっては、警察が自殺幇助の容疑で捜査開始するでしょうし、証拠品として押収してしまうでしょう。となると親切で貸してくれた人にも多大な迷惑をかけますから、自分で買いそろえるべきでしょう。液体窒素をお店から買ってきたとして、その容器からマシンに注入するために、詰め替えに使う耐寒手袋だって5万円以上するようですから、かなりの出費を覚悟しましょう。


ちなみに、窒素は安定なガスなので毒性はありません。このマシンを使うと、低酸素血症、いわゆる酸欠で逝くわけです。


酸素濃度  一般に言われる人体への影響

21%   通常の空気の状態
18%   安全限界だが連続換気が必要( 関係者以外立ち入り禁止)
16%   頭痛、吐き気
12%   めまい、筋力低下
 8%   失神昏倒、7~8分以内に死亡
 6%   瞬時に昏倒、呼吸停止、死亡
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/040325-3a.pdf#search=%27酸欠%27

この自殺マシン、ボタンを押すと4Lの液体窒素が気化して、このおしゃれな棺桶に3000Lの気体の窒素が充満して低酸素で死ぬという寸法です。


理屈がシンプルならば、わざわざこんな機械に頼らなくても、自分の車を棺桶にしたほうがまだ現実的というものです。どうしたらよいでしょうか。


閉鎖空間中の酸素濃度を下げるならば、ドライアイスが無難じゃないですか。これから暑くなりますしね。amazonでも売ってますけど、手に入れるには、気化してドライアイスが小さくなったり、最悪の場合はすっかり揮発してなくなってしまうかはもしれないので、近くの店で買いたいところです。

ドライアイスの形にもいろいろあって、おなじみレンガ状の「ブロック」、少し小さい「アイス」、文字通りの「ミニナゲット」、パウダー状の「スノー」があるようです。
細かい雪のようなスノーが揮発しやすく便利ですが、買った後ですみやかに揮発してしまいそうですから、ブロックで買ってきて車内でがりがり砕くのがいいでしょう。冷たくて硬いので、軍手とアイスピックはくれぐれもお忘れなく。


また、炭酸ガスは不燃性で、燃焼を妨げる効果があるため消火器にも使われます。
メーカーのうたい文句はこんな感じです。
【お掃除が不要】二酸化炭素は放出後に気化。後に何も残らず使用後の汚れなし。
【化学変化なし】不活性ガスで金属・電気機器類・油類などに化学変化なし。
【維持管理が簡単】通常の保管で経年による変質がほとんどなく、維持管理が容易。
【感電の心配なし】高い電気絶縁性。

消化器としてはいいことづくめですが、粉末が飛び出す普通の消化器よりは若干お高めです。


液体の炭酸ガスが詰まった消火器をワゴンRの車内で噴射したとします。
7型消火器に詰まっている炭酸ガスは3.2kgなので、全量が気化すれば、
3.2kg/ 44.0g/mol × 22.4L/mol 1.629

軽自動車からのガスの出入りがないものとし、圧力上昇など細かいパラメータは一切無視すると、
発生した炭酸ガス1.629 /(車室の空気4.199㎥+発生した炭酸ガス1.629㎥)
1.629/5.82827.95%

と大幅に致死量を超えます。息を大きく吸い込めば、高濃度の炭酸ガスと低酸素のダブルパンチで一挙に昏倒し、そのまま逝ってしまいます。ドライアイスを買い集める手間よりは楽です。安全ピンを抜いてノズル(炭酸ガス消火器では先っちょのことをホーンと呼ぶそうです)を握りしめて、床に向けて噴射するだけです。



途中で救出されると、低酸素脳症でいわゆる植物状態になりますので、決して見つかってはなりません。そもそも死ぬほどつらくなったら精神科に相談することをおすすめします。

日本でもできる「安楽死」について、医者として質問に答えます。

聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s