2018年8月3日金曜日

ほんとに救急車呼びますか(その1)

「自分の家で死にたい」という人は多いです。死を迎えるプロセスといえば、テレビのドラマみたいに、病気が静かに進行して、しだいに弱っていくイメージがあるのでしょうが、そういう人ばかりではありません。

たとえば、こんなケースでどうするかです。

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83歳、男性。
【既往歴】胃癌で胃全摘術、腹部大動脈瘤にてステントグラフト内挿術,、慢性閉塞性肺疾患で在宅酸素療法、肺結核後遺症で遷延性肺瘻孔。
【生活社会歴】喫煙:既喫煙者 30~40本/日×60年、飲酒:3合/日×50年
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病気のオンパレードみたいな人生です。喫煙のせいで肺を壊したのは自業自得と考える読者も多いかも知れません。喫煙のせいで動脈硬化がすすんで大動脈瘤にもなりました。トータルすれば、これまでの医療費は1千万は軽く超えているでしょう。

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ある日の夕食後、自宅の居間で突然激しいいびきをかき始め、妻の呼びかけに反応しなくなった。
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ここが分岐点です。

<選択肢>
A 「もうだめだわ、お父さんこれまでどうもありがとう」
B 「大変だ、今すぐ救急車だわ」
C 「まずは誰か子どもを呼ばないと。えーと沖縄の息子の携帯は・・」

混乱して憔悴して、救急車よりも先に葬儀屋を呼ぶ家もあります。葬儀屋さんから、「まだ生きてるんだけど診てくれないか」と困り果てた電話が病院に来ることもあります。

この場合は、「家で死なれても困る」というジャッジで妻が救急車を呼びました。

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救急隊到着時、意識はJCS300, 収縮期血圧 200mmHg, 脈拍数 120回/分, 呼吸数 10回/分, 瞳孔 6/6mm, 対光反射なし
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かなりヤバそうです。救急隊に担ぎ込まれたときの主な所見はこんな感じです。
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●鼓膜温 39.6°C, 血圧 235/104mmHg, 脈拍 138/分, SPO2 91%(酸素 10L/分リザーバーマスク下)、呼吸は不規則でいびき様
●神経:JCS I -300, 瞳孔5/5mm, 対光反射なし。左バビンスキー反射陽性、自動運動なし、筋緊張は亢進, NIHSS 38/42 
●頭部単純CT:橋から中脳方向にかけて、8ml程度の出血あり、周囲は低吸収を呈する。脚前槽まで血腫が及び、第三脳室後部底にも穿破。明らかな脳室拡大はなし。 
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橋出血とそれによる意識障害ですね。世にいう昏睡状態ってやつです。すでに瞳孔散大していて脳の機能は回復不能と思われました。

この橋出血は予後不良、要は命を落とすことが多い上、よしんば命が助かったとしても後遺症がガッチリ残ることが多いです。この方も脳神経外科は手術しても助けられないといい、脳神経内科的な治療がメインになりました。血圧を下げて、脳浮腫を抑えるという対症療法しかできないということになりました。

ちなみに熱があるのは、出血のせいで脳幹がぶっ壊れたからです。体温調整ができなくなり、呼吸もおかしくなるわけです。呼吸状態が不安定なので、救命のためには気管挿管して、人工呼吸管理が必要です。

もはや、声をかけても手を握っても、本人はおそらく何もわかっていません。脳が深刻なダメージを受けており、外界の刺激に反応することはもうないでしょう。人工呼吸管理をしても若干生命は永らえるでしょうが、ICUのベッドで機械に繋がれた状態です。家族の面会時間も限られます。

ここで選択。
A 延命を希望して、とことん高度な医療を要求する。
B 治療がうまくいかないのは担当医の失態であり、厳しく糾弾する。
C これまで重い病気を乗り越えてきたことに想いを寄せ、静かに看取る
D 苦痛を取り除く医療行為だけを行うよう求める。

突然の展開ですので、かなり動揺するでしょうし、なかなか合理的な判断ができないことは僕らもわかっています。ベテランの看護師が入っていろいろと調整してくれました。医者にできることなんか知れてますからね。

本人は「エンディングノート」みたいなのを作ってたようですが、バタバタした中では家族は気が付きませんでした。

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結局、このケースでは、挿管はせずに静かに見守る方針となりました。ニカルジピンで血圧管理、グリセオールで脳浮腫対策を行いつつ、一般病室で妻と静かに過ごしていただきました。血圧や心拍数がしだいに低下し、妻に手を握られて他界されました。
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血圧管理によって脳出血は減少傾向にありますが、大酒飲みや喫煙者はリスクが高いです(脳卒中治療ガイドライン2015)。この方は、病気を重ねても生活習慣を一向に改善するつもりがなかった人のようです。酸素を吸うようになるまで、タバコも吸っていました。酸素を吸いながらたばこを吸うと、火ダルマになるのでさすがにやめましたが。

こういう話をはたから見れば、「クソジジイ、医療費の無駄だ」「老害、家で死ね」とかいうY●hoo!コメントみたいな陰性感情が湧き上がるのもわからないではありません。ただ、医療費の金勘定や制度論をこねくり回すのは、我々現場の医者ではなくて、政治の仕事です。個人的な考えはいろいろあっても、淡々とプロとしての仕事をこなすのが我々です。

皆さんはどうお感じになったでしょう。

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