2018年8月9日木曜日

ほんとに救急車呼びますか(その2)

国の方針もあって、寝たきり老人を病院から家に引き取ることが増えました。
「口から食べないから」「食べると誤嚥するから」と鼻から管がつっこまれて家に帰されることもしばしばあります。

こんな話を見てみましょう。

●経管栄養

92歳女性。
年相応の衰えはあるが、自宅でなんとか自立して生活していた。ある晩、夜中に尿意を催してトイレに行こうとした。昭和ひと桁生まれなので、電気をつけるのがもったいないと考えて手間を惜しみ、暗い中で動いて足を滑らせ尻もちをついた。ベッド脇で動けなくなっているところを、翌朝、同居の息子に発見され救急要請。検査で左大腿骨転子部骨折と判明。即日入院し手術(人工股関節置換術)を施行した。

術後間もなくリハビリが始まったが、本人は頑固に拒否した。理学療法士や看護スタッフから、廃用が進んでしまいADLが低下してしまうことなどをわかりやすく再三説明し、優しく促したが頑として聞き入れなかった。急性期を過ぎたためリハビリ病院に転院の予定だったが、リハビリをしない腹づもりなので行き先はなかった。ほとんど寝たきり状態になった後で、老健施設に退院した。認知症の症状も出てきて、食事を食べなくなったため、鼻から胃まで管が留置され、栄養剤が注入されるようになった。

強い意志をもってリハビリは一切しないが、「足の付け根が痛い」としきりに訴えるので、ロキソプロフェン、レバミピド を定期内服していた。
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まあこういう人はけっこういます。急性期病院としては、ベッドが回転しないと地域での救急車の受け入れなどのミッションが果たせませんし、入院が長くなると売上も減る仕組みですから、「とっととどこかに行ってもらいたい」ということになります。

薄味の治療で納得いただければよいのですが、われわれ医療職としては、(どんなに無理筋でも)治療法があるのなら提示しなければいけません。法律や判例なんかで義務づけられていますからね。ただまあ、家族の希望とはいえ、その後の見通しもないままに手術するのはどうなのでしょうかね。

手術の後は回復期リハビリテーションとはいうものの、超高齢者にまじめにリハビリに取り組んでもらおう、というのはそもそもご無体な話です。寝たきりになるような人がV字回復をして歩けるようになった症例を、わたしの医者人生ではほぼ見たことはありません。

リハビリの必要性を説いても、高齢な本人からは、
「どうせもうすぐ死ぬんだから」
「年寄りいじめてどうするんだ」
とか絶叫されます。身体は動かしたくなくても、口は達者だったりします。

一方で家族はリハビリすれば復活して元通りになると思い込んでたりします。
本人はまるでやる気が無いとしたら、医療職としては板挟みで頭を抱えるわけです。
そうこうしている間に、本人はどんどん衰えていきます。メシも口から食べられなくなったりします。

家族は当事者意識がないことも多く、「とにかく元気にしてください」と無理な要求をします。この方も「食えなくなったら鼻から管を入れてください」となりました。

●痛み止めのチカラ

つづきです。
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某日から、心窩部違和感を認め、ロキソプロフェンは頓服に変更となった。
3日後に、経鼻胃管から黒色の血液が引けるようになった。血液検査でもHb 6g/dlと貧血を認めた。
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胃粘膜から出血したわけですね。
既往歴を見てみましょう。
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【既往歴】糖尿病、脳梗塞(シロスタゾール 200 mg/日内服)、高血圧症、脂質異常症
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出血しやすい素地はたっぷりです。

搬送時はこんなかんじです。
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【身体所見】意識清明、身長 143 cm、体重 32kg、体温 38.2°C、呼吸数 16 回/分、脈拍 112 回/分、整、血圧 161/78 mHg、眼瞼結膜に貧血。眼球結膜に黄疸なし。心音は正常、心雑音を聴取しない。呼吸音に異常なし。腹部は平坦・軟、腸蠕動音正常で自発痛、反跳痛 はない。両側下腿に圧痕性浮腫を認める。末梢冷感はない。

【主な検査】 静脈血液ガス:乳酸 8mg/dl、pH 7.429、PCO2, 34.0、PO2 95.0 、HCO3 22.1、ABE -1.5。血液所見:RBC 216 万、HD 6.2 g/dl、Ht 19.9%、MCV 88.0、MCHC 32.6、WBC 8,350、Plt 24.6万)、AST 21、ALT 15 、ALP 214 、LDH 162、CK 39 、TP 5.1g/dl、Alb 2.6、T-Bil 0.4、BUN 28.5、 Cre 0.51 、eGFRcre 85 、Na 135 、K 3.9 、CRP 0.36、PT 活性 91.8%、APTT 23.5秒 (単位は割愛)
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かなりの貧血ですね。赤血球6単位を輸血した上で緊急内視鏡を行うと、でっかい胃潰瘍と露出血管がありました。血管から血が吹いていたため、クリップを打って止血して凝固して終了となりました。消化器内科の先生ってホントにかっこいい。

●メイキング of 胃潰瘍

この方は老健から運ばれてきましたが、痛み止め(NSAIDs)がダラダラと長期投与されていたことで胃潰瘍ができたうえ、脳梗塞でいわゆる「血をサラサラにする」シロスタゾールで出血しやすい状態にあったことが原因と思われました。 一般的な NSAIDs の上部消化管出血、穿孔に対するリスクは非内服者に比して4.5倍です。予防がなされていないと10~15%の患者に胃潰瘍ができ、1%の患者は消化管出血します。とくにNSAIDs投与を開始してから3ヶ月以内の発生リスクが高いとされます。この方もビンゴですね。

老健だと看護師の目も届くでしょうが、こういう人が家にいたらどうでしょう。
NSAIDs 潰瘍の半分近くが、胃痛などの自覚症状を欠きます。早期に潰瘍に気づくというのはなかなか無理ではないかと思います。もしも家で亡くなったとしても、「体調が悪くなったのに気が付かなかった」といい張れば、警察に事情を聞かれたとしても、罪に問われることもないのではないかと思います。素人の私の浅知恵ですから実際どうか知りませんが。

この点を逆手に取るとどうでしょう。

例えば、
「うちの婆さんを病院や老健に置いておけば、月10~20万円がかかる。この金額をうちみたいな蓄えがない一般的な家庭でいつまでも捻出するのは厳しい。介護は先が見えない。介護職が懇切丁寧にケアをしてくれるのはありがたいが、それゆえにいつまでも経済的負担が続くというのも苦しい。「老い先短い人のケア」よりも自分らの生活が大事だ。
施設においておくのをやめて、そろそろ家に引き取って枯らしていくことも考えなければならない。もちろん、虐待だの何だのと言われて警察沙汰になるのも面倒だ。どうしたらよいか」

となった時に、病院や施設から高齢者を家に引き取り、あちこち「痛い」「痛い」というのでせっせと薬を飲ませて、しかるべきタイミングで胃潰瘍ができて出血してそのまま帰らぬ人・・というパターンも有るのかも知れません。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
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