2018年7月12日木曜日

殺人ナース考

逆性石鹸を点滴して、体内までくまなく消毒した「殺人ナース」のニュースが連日報道されています。恐ろしいことです。


「ワンショット注入」で混入速めたか…元看護師
2018年07月10日 07時14分 読売新聞より

横浜市神奈川区の大口病院(現・横浜はじめ病院)で起きた連続中毒死事件で、入院患者の西川惣蔵そうぞうさん(当時88歳)への殺人容疑で逮捕された同病院の元看護師久保木愛弓容疑者(31)が、医療器具の「三方活栓」を使い、点滴チューブに消毒液を入れたと供述していることが、捜査関係者への取材で分かった。薬剤をより速く投与する場合に用いる「ワンショット注入」と呼ばれる手法で、久保木容疑者は「自分の担当時間になる前に亡くなってほしかった」とも供述。神奈川県警は、短時間で殺害する狙いだったとみている。

 三方活栓は、点滴チューブの途中に取り付ける器具で、注入口に注射器をさし込み、薬剤を直接チューブに入れられる。点滴袋から徐々に投与するより、薬剤が短時間で体内に取り込まれる特徴があり、医療現場で日常的に使われている。

 久保木容疑者は2016年9月18日午後3時~4時55分頃、担当する4階に入院していた西川さんの点滴に消毒液「ヂアミトール」を混ぜ、中毒死させたとして逮捕、送検された。



(引用終わり)

前から拙ブログで書いてますが、木を隠すなら森。人を殺すなら病院なわけです。
医療者がその気になれば、跡形もなく人を葬る事は造作も無いことです。

点滴のルートさえ確保されていれば、どんな薬物だって投与できてしまうわけで。

医師免許を持っていたオウム信者で死刑に処せられた中川も、点滴を使って何人か殺したようですし、血管内にダイレクトに投薬できるというのは、悪いやつにとってかなりのアドバンテージなのです。だから医療関係者が暴力団にシリンジや針を横流しすると厳罰に処せられるわけで、刑事罰が決まったあとで免許が召し上げられることもしばしばです。

ちなみに、犯罪を犯した看護師は裁判で判決が確定したら、「医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会」なるところで、免許をどうするか処分が決まります。形式上の手続きに過ぎず、裁判と同じで前例通りシャンシャンと決まりますから、かつて久留米市で保険金殺人を働いたナース4人組が参考になるかもしれません。



さて、話を戻します。

報道によれば、この場合はワンショットで押し込んだようですから、静脈に結構な負荷がかかったと思われます。まあ興味深いのが次の点ですね。

ひとつは浸透圧。

確実に殺ろうと思ったら、ヂアミトールを10mlのシリンジ一本分ぐらいは注入するでしょう。ちょうど、ナース用の白衣のポケットからはみ出さない程度の大きさですし、持ち歩くのも都合が良い。ただこれをまるごと、ほかの勤務者にバレないように静注するとなると、結構焦るんではないでしょうか。背徳感を感じながら、医師の指示にもない注射をしているのを誰か同僚に見咎められたら、看護師生命も犯行計画もジ・エンドです。無色の液体ですから、あまり気にされないかもしれませんが、誰か止めてやってほしかったとも思います。

こんな消毒薬は体内に入ることを想定されていません。浸透圧が通常の医薬品とは異なるわけで、一気に注射されると点滴がさしてある部分にかなりの激痛が走ったのではないでしょうか。被害者もさぞかし不憫だったことでしょう。

遺体の外見で変化があれば、医師法に従って異状死体として届け出なければなりません。急変しても事件性が指摘されていないようですので、ヂアミトール静注では、血管に沿って変色したりはしないと考えられます。変色するまでにもしばらく時間がかかるでしょうから、生体反応が出る前に死に至ったものと考えられます。


2つ目は毒性。

がんの化学療法では血管傷害性の高い抗がん剤を使いますが、大量の点滴で薄めたり、手足ではない太めの血管(内頸静脈や鎖骨下静脈など)に点滴をさしたりして、副作用が及ばないようにします。血流が多ければ毒性も薄まりますからね。

ただ、こちらの病院のような老人病院で中心静脈に点滴を刺してるとは思えません。コストも高いですし、管理も面倒です。感染は起こすわ、血栓はできるわと、その都度医者が呼ばれて処置をするでしょうか。療養病床だとあまりモチベの高くない医者とか、急性期医療に疲れた医者とかが流れ着いて働いているという面もありますので、まあないでしょう。看護師判断で手足をくまなく探して、ほっそい静脈を見つけて、おそるおそる点滴の針を刺してライン確保をするというのは、全国どこでも見られる光景です。ここの病院もご多分に漏れずそうだったでしょうね。

血流が豊富な静脈にぴゅーっとヂアミトールを注入すれば、景気よく全身の臓器にぶちまけられます。当然あっという間に具合が悪くなるわけで、推理小説の「犯行現場にいた第一発見者が怪しまれるの法則」から考えると、まずはこの容疑者が疑われます。

逃げおおせる時間を確保するとなると、よぼよぼの手足にかろうじて取れたしぶい末梢ラインからヂアミトールを注入し、あとは三方活栓を切り替えて、クレンメを開けて何もなかったように点滴をぽたぽた落とし、その場を離れたと考えるのが自然でしょう。

その後、バレずに何人も殺すのに成功したら大胆になったようで、点滴に堂々と混入するようになったというのはすごい話です。



自分もアナフィラキシーで患者さんを失ったことがあります。

アレルギーの既往がない方で、十分な問診の上で投薬したのですが、ある種の薬が原因だと思われます。点滴ラインから薬が一滴入ったか入ってないかというだけでも、血圧が下がり、呼吸が止まり、心臓の鼓動が止みました。大勢で八方手を尽くしましたが助けることができませんでした。今でも悔しく申し訳なく思っています。

当時のルールに従って、「異状死」として警察に届け出たところ、殺人容疑で取り調べを受けました。点滴ボトルに一滴入ったかどうかの薬剤も、科捜研のテクノロジーでは余裕で検出されます。薬の成分を示すピークのぴんと立ったグラフを目の前に叩きつけられ、「お前が殺したんだ!」と刑事さんに朝から夜中までねっちり調べられたのは、本当にトラウマです。

田舎の警察署だと、刑事さんも医療の用語を知らず、漢字を紙に書いて説明すると、IMEパッドとかで調べていちいち入力しますし、年配の刑事さんだとパソコンをぱちぱち叩くのも時間がかかります。医療用語について怪訝そうにしていたので、親切心から説明すると、「刑事さんの知らないことを医者風情がほざく」のは癪に障るようです。「何をこのアマ、偉そうに」と感じられるようで、非常に不興を買ってしまいました。

警察署に行くような事態になったら、もう終わりだと思ったほうがいいです。自分の場合、弁護士先生はあまりあてになりませんでした。当番の先生は当たり外れが大きいですから、自分で相談できる先生がいればいいのでしょうが。


高齢の患者さんでしたので、「うちの人はもう十分生きたし頑張った。病院はよくやってくれたし、厳罰に処してほしいとは思わない」とご家族から上申書が出て、書類送検→不起訴という流れになりました。


何が言いたいかと言うと、警察の力を持ってすれば、わずかな成分ですら検出されるというのに、人を確実に殺せる量のヂアミトールを点滴バッグに混注して放置しておくとは、なかなか常人のなせる技ではありません。このあたりから、心神喪失状態で犯行に及んだとかなんとかいって、無罪をゲットするための法廷戦術が組み立てられるのかなあと思います。


日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。

https://docs.google.com/forms/d/1nwfWK0bg3ILwCWzdYpF1eu4MjgRpuTn5Szb6-uMQo4s


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