そんな薬をひとつ挙げよと言われたら、抱水クロラールになるでしょう。
安楽死のために長年に使われてきており、研究しつくされている感があります。
日本では、小児科で画像検査や歯科治療時などに泣き叫ぶ子どもに寝てもらうために使われたりしています。MRI中の子どもの鎮静は結構たいへんです。くすりの量が多いと過鎮静で呼吸が止まったりしますので、絶妙な量が求められます。呼吸していることはモニターで監視しているとはいえ、もしものときは大変です。「呼吸停止だ!蘇生だ!」といっても、MRI室に持ち込める物品には制約がありますので、臨戦態勢がすぐに取れるかというと厳しいこともあります。
あとは磁場の問題です。以前の勤務先のことですが、急変対応でバタバタしたときに、非磁性体ではない普通の酸素ボンベをうっかりMRI室に持ち込んでしまったことがありました。ボンベが引き寄せられて宙を舞いました。職員全員が「おおきなかぶ」状態でうんとこしょ、どっこいしょと引き止めればいい、という話かもしれませんが、動きが早すぎて刃が立たず、頭に当たらずに死人が出なくてよかったというレベルです。
その結果、ドーナツ型のコイルの真ん中にボンベが空中浮遊してしまいました。これでは検査に使えませんので、磁場をいったんチャラにするために、超伝導コイルをとりまく大量の液体ヘリウムを捨てることになりました。クエンチというのですが、再セットアップ含めて数千万円がパーになったそうです。
さて、そういった鎮静に使うトリクロリール®はわりとマイルドな鎮静薬ですが、女性に対する性的虐待にも使われてきた過去があります。アーティストの中には、抱水クロラールを酒に混ぜて、ホテルのスイートで酒池肉林を繰り広げた人もいたようです。T.Rexのベースやドラムスで活躍した人の名前がついていて、ミッキー・フィンとか呼ばれるんだそうです。
トリクロリール®10%液を200mlグイッと飲むと、トリクロル酢酸が20g摂れます。諸説ありますが、ほぼ全量が抱水クロラールに変化すると考えると、この量は抱水クロラールと同じと考えて良いでしょう。抱水クロラールの致死量は一般的には0.25g / Kgといわれていますから、体重80kgぐらいまでの方は、コップいっぱいのトリクロリール®で死に至るわけです。
確実性を求めるには、毒性を高める必要があります。肝臓で解毒されるのを邪魔してしまえばいいわけで、定番はアルコールです。しかも、抱水クロラールはアルコールによく溶けます。酒と抱水クロラールの相乗効果は抜群ですが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を飲むと良いとされます。
ちなみに、抱水クロラールを大量に飲むとどうなるでしょう。食道や胃が強烈に刺激されて、嘔吐は避けられません。自殺が未遂に終わると、消化管が瘢痕化したり穴が開く(穿孔)するかもしれません。摂取後15-20分後に鎮静効果が現れて眠くなります。寝た後で、しだいに心臓の電気伝導が障害されて不整脈が生じ、心不全から死に至ります。ただまあ、心臓ペースメーカーが植え込まれている人には、狙った効果は得られないでしょうね。
トリクロリール®もエスクレ座薬®も、処方箋がないと入手できませんので、一般の方がこの薬で静かに世を去ろうというのは難しいでしょう。死にたくなるほど辛いときには、心療内科や緩和ケア内科などを受診されることをおすすめします。
日本でもできる「安楽死」「尊厳死」について、医者として質問に答えます。
聞きたい情報があればこちらからお寄せ下さい。
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